脇祖 長沼妙佼

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脇祖 長沼妙佼

長沼妙佼(ながぬま・みょうこう)脇祖(本名・長沼 政)は、1889(明治22)年12月25日、埼玉県北埼玉郡志多見村(現在の加須市志多見)に生まれました。幼いときに母親を亡くし、「艱難、汝を玉にす」の言葉を支えに苦難に耐え抜きましたが、その後も、子どもの病死や離婚、重い病などの苦労が続きました。
 しかし、「私たちはご先祖のお陰さまでいのちを頂き、家族や大勢の人に支えられ、仏さまに生かされています。そのことに感謝して正しい行ないをすれば、必ず幸せになれます」という庭野日敬開祖の言葉で『法華経』の教えに導かれると、それまでの悲運を感謝の心で受けとめ、ひたすら人さまの幸せを念じて信仰一筋の道を歩みました。そして、立正佼成会創立以降は、『法華経』の教え、庭野日敬開祖の指導を身をもって示して法の証明役に徹するとともに、副会長として本会の基礎を築きました。
「法華経の教えのごとく行ずれば、どんな境遇の人も必ず救われる」という信念から、時には厳しい指導によって会員を導きましたが、すべての人をわが子のように慈しむ慈悲のふれあいによって、「慈母」と慕われました。
 1957(昭和32)年9月10日、67歳で遷化しましたが、立正佼成会の発展に大きく貢献し、多くの人々の幸せのために身を尽くした慈悲の生涯を讃え、2000(平成12)年、庭野日鑛会長から「脇祖妙佼慈道菩薩」の法号がおくられました。