| 1978(S53) |
| 1.1 |
教団創立40周年、『普門示現の時代』を迎える |
| 6.12 |
庭野日敬開祖がWCRPの名誉議長として第1回国連軍縮特別総会で演説 |
| 1979(S54) |
| 4.9 |
庭野開祖が「テンプルトン賞」を受賞 |
| 8.29 |
第3回WCRP(アメリカ・プリンストン)に本会も参加 |
| 10.2 |
庭野開祖が「一食を捧げる運動」の国民運動化を訴える |
| 1980(S55) |
| 6.2 |
庭野開祖がイランを訪問し、アメリカ大使館員らの人質解放を要請 |
| 1981(S56) |
| 6.29 |
同宗連(『同和問題』にとりくむ宗教教団連帯会議)が発足し、本会も加盟 |
| 10.5 |
平和主義の推進、信教の自由の堅持、政治倫理の確立、行政改革の推進など本会の政治理念を鈴木善幸首相(当時)や各党首に表明 |
| 11.7 |
第2回ACRP(アジア宗教者平和会議)がインドのニューデリーで開催され、本会も参加 |
| 1982(S57) |
| 5.23 |
新宗連(新日本宗教団体連合会)の「核兵器廃絶軍縮署名運動」に参加 |
| 6.24 |
庭野開祖がIARF(国際自由宗教連盟)会長として第2回国連軍縮特別総会で2度目の演説 |
| 1983(S58) |
| 4.7 |
第1回「庭野平和賞」贈呈式。受賞者はブラジルのヘルダー・P・カマラ大司教 |
| 1984(S59) |
| 7.27 |
第25回IARF世界大会を本会で開催 |
| 8.23 |
第4回WCRPをケニアのナイロビで開催 |
| 12.15 |
官民合同による「アフリカへ毛布を送る会」発足。その後、現在の「アフリカへ毛布をおくる運動」に発展 |
| 1986(S61) |
| 3.20 |
庭野日鑛会長がローマ教皇庁立サレジオ大学から名誉哲学博士号を受ける |
| 6.17 |
第3回ACRP(韓国・ソウル)に本会も参加 |
| 10.27 |
「アッシジ平和祈願の集い」(イタリア)に庭野会長が出席 |
| 1987(S62) |
| 8.3 |
「比叡山宗教サミット」に庭野開祖、庭野会長が出席 |
| 1988(S63) |
| 3.5 |
教団創立50周年記念式典挙行 |
| 6.8 |
庭野開祖が立正佼成会会長として第3回国連軍縮総会で3度目の演説 |
| 1989(H1) |
| 1.22 |
第5回WCRP(オーストラリア・メルボルン)に本会も参加 |
| 1991(H3) |
| 1.18 |
湾岸戦争の勃発に対し、WCRP日本委員会が庭野日敬理事長名で「緊急アピール」を発表 |
| 10.29 |
第4回ACRP(ネパール・カトマンズ)に本会も参加 |
| 11.15 |
法燈継承式で庭野日鑛が第二代会長に就任 |
| 12.26 |
中央学術研究所が脳死臨調に「脳死移植に関する意見書」を提出 |
| 1992(H4) |
| 2.8 |
庭野会長が第二代会長就任後、初の全国巡教がスタート。青年本部に「国際人材塾」「グローバル・ボランティアズ」を開設 |
| 6.7 |
庭野会長がアメリカ・シカゴのミードビル・ロンバード神学大学院から名誉神学博士号を受ける |
| 10.26 |
新宗連全国総会で庭野開祖が名誉理事長に、庭野会長が副理事長に就任 |
| 11.15 |
庭野開祖がローマ教皇庁から「大聖グレゴリウス勲章」を受章 |
| 1993(H5) |
| 7.23 |
北海道南西沖地震でボランティア隊を派遣 |
| 11.15 |
庭野開祖がICCJ(キリスト教・ユダヤ教国際協議会)から「インターフェイス・メダリオン(宗教対話促進賞)」を受賞 |
| 1994(H6) |
| 1.1 |
内田昌孝が第二代理事長に就任 |
| 6.1 |
中央学術研究所が「臓器の移植に関する法律案」への見解発表 |
| 11.3 |
第6回WCRP(イタリア)に本会も参加 |
| 11.17 |
庭野会長が長女の光代を会長後継者に指名、法名「光祥」を発表 |
| 1995(H7) |
| 1.17 |
阪神・淡路大震災で教団本部と現地に災害対策本部を設置。医療団とボランティア隊を派遣 |
| 10.5 |
宗教法人法の改正に対する「意見書」を発表 |
| 1996(H8) |
| 1.1 |
酒井教雄が第三代理事長に就任 |
| 10.15 |
第5回ACRP(タイ・アユタヤ)に本会も参加 |
| 1997(H9) |
| 9.29 |
庭野会長がボスニア・ヘルツェゴビナを訪問。ボスニア和平に向け、4宗教の指導者と会談 |
| 10.26 |
庭野会長が中韓日仏教友好交流会議(京都、奈良)に参加 |