生命倫理

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医療技術の発展に伴い、体外受精、クローン生命の誕生、男女産み分け、代理母、脳死、臓器移植などさまざまな問題が表面化しています。特に、受精や死の瞬間に関して、人為的な手が加えられることは、人間の「生の瞬間」「死の瞬間」が変化する、つまり「死生観」の根本を問い直すものとして議論を呼んでいます。
医療技術の進歩は、人間の生老病死に関して、確かに多くの利点があります。当事者にとっては、差し迫った需要であることも十分に理解できます。しかし、そうした需要と供給という側面だけで、さまざまな医療技術が際限なく開発され、利用されていくことには、多くの課題も伴います。人間は、どこまで医療技術の進歩を享受していいのか。それは、人類全体の問題であると同時に、一人ひとりの生き方の問題です。単に「あるから使う」のではなく、一方では「あっても使わない」という選択肢、個々の慎重な態度も必要になります。そのためには、社会的な議論、そして地域や家族間の議論を積み重ね、感情論やイメージに流されない判断をしていくことが求められます。
大事なのは、「生命の尊厳」が真に守られているのかどうかです。特に、「脳死・臓器移植」問題は、1999年に日本で初の脳死状態による臓器移植が実施されて以来、非常に身近で現実的な課題となっています。これまで、「脳死を人の死と規定して臓器移植を推進する法律案」が国会に提出された際に、本会の中央学術研究所生命倫理問題研究会は、「脳死は人の死ではない」との「見解書」を発表しました。また本会の庭野日鑛会長はじめ宗教者34人が「宗教者の声明」を発表し、慎重かつ厳正な国会審議を要請しました。その後、日宗連(日本宗教連盟)も「意見書」を提出し、宗教界の意見を聴取した上での十分な審議を要請しています。こうした経緯を経、1997年6月、「臓器提供の場合に限り脳死を人の死」とする修正案が参議院に提出され、可決、成立しました。そして、同年10月、「臓器移植法」が施行されたのです。
2002年末、スイスに本部を置く宗教団体の関連企業が「クローン人間を誕生させた」と発表して以来、クローン技術の人への応用に対する問題も現実化しつつあります。こうした状況から、2003年4月15日に中央学術研究所は、小泉純一郎首相に対し、「クローン人間誕生に対する声明」を提出しました。この中では、クローン人間を創り出すことに懸念を表明、生命の尊厳が守られるよう求めています。
生と死を考えることは、医療に携わっている人だけの役割ではありません。一人ひとりが「自らの問題」として考えていくべき重要なテーマなのです。

クローン人間誕生に対する声明(2003.4)
「臓器の移植に関する法律案」に対する見解(1994.6)