立正佼成会概要

帰依三宝きえさんぽう

帰依三宝とは、仏教徒の三つの基本的な心構えが示されたものです。

われは仏陀(ぶつだ)に帰依したてまつる
われは正法(しょうぼう)に帰依したてまつる
われは僧伽(そうぎゃ)に帰依したてまつる

という、いわゆる「仏・法・僧」に帰依する精神です。つまり、「わたくしは、仏さまと、仏さまのお説きくださる真理の教えと、仏さまの教えを信じ行ずる人々の集まりを、心のよりどころとします」ということです。

仏教徒が帰依する「仏」は釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)であり、「法」は仏法であり、「僧」は同信者の集団ですが、世界中の人々に、この三宝を押しつけると反発を買うばかりです。仏教精神を一人でも多くの人に伝えるためには、三宝の精神を、もっと広い意味に解釈する必要があります。

「仏」とは、この世のすべてのものを生かしている宇宙の真理です。ですから、「仏に帰依する」というのは、我を捨てて宇宙の真理と一体となる心境に達することです。我をまったく捨て去ることは不可能でしょうが、1日のうちの1時間だけでも、礼拝・読経・瞑想といった宗教的な行いをすることで我を忘れることができれば、それは必ず残りの23時間に影響を及ぼし、それを繰り返すことによって、真理に合った生き方ができるようになるのです。

同じように「法に帰依する」ということを広く解釈すれば、真理に従うということです。 宇宙の真理・法則のままに生きるならば、それがいちばんまちがいのない生き方です。

釈尊が、その教団をサンガ(密接な共同体)と呼んだのは、和合(仲睦まじいこと)ということを大切にされたからです。そこから察すると釈尊には「人間社会形成の上に最も必要なものは和合である」という信念があったことと思われます。そして、その奥に「全人類が美しく結合するように」という大きな願いが込められたものだったのに違いありません。「僧に帰依する」とは、最も広い意味においては、和合を人間社会の美徳として尊び、心のよりどころとし、その実現に向けて歩むことにほかなりません。

参考文献 : 『仏教のいのち法華経』庭野日敬