立正佼成会概要

脇祖 長沼妙佼ながぬま みょうこう

1889(明治22)年、埼玉県北埼玉郡志多見村(現在の加須市)に生まれる。

病弱であった脇祖は、当時霊友会の会員であった庭野開祖と出会い、自らの病気の改善を通して法華経の功徳を実感、法を広めることに身を捧げる決意をし、1938(昭和13)年、開祖と共に「大日本立正交成會」(現・立正佼成会)を創立した。

脇祖は、法の証明役として常に開祖を支え、特に第二次世界大戦後の、貧・病・争と言われた混乱期には、生きる目的を失い、迷い苦しんでいる人々に対し、ある時には非常に厳しく、ある時にはとても優しく、法華経に示された人として本来あるべき姿を説き続け、多くの人々に生きる希望を与えた。その、人として本来あるべき姿とは、菩薩の姿であり、脇祖自身の姿でもあった。

1957(昭和32)年、67歳で遷化。のちに庭野日鑛現会長から送られた法号は「脇祖妙佼慈道菩薩」であった。