急がず、休まず

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自分はどうするかが基本

お釈迦さまは、相手が、「自分は今こうなって困っている」「これはどうしたらいいか」という相談や質問をすると、懇切丁寧に教えてくださったそうです。
ところが、「他の人をどうにかしたい」とか「あの人は言うことを聞かない」といった話になると、目をつむって瞑想(めいそう)に入られ、お答えにならなかったと言われております。
宗教の中でも仏教は、人をどうするかではなく、私たち自身がどうするかが基本になっています。
お釈迦さまが亡くなられる前、最後におっしゃったことは、「自灯明・法灯明」であると教えられています。人をどうしよう、こうしようではなく、自らを依りどころとする。自らを依りどころとすると言っても、それは、法に基づいて調(ととの)えられた自らを依りどころとする。そして、法を依りどころとする。これが基本の教えでございます。
その意味で、もし日常生活の中で苦悩が多いとするならば、本当に自分のことで、今、苦悩をしているのかをよく反省してみることです。夫をどうしよう、子供をどうしよう、友人、あるいは親など、他の人たちを自分の思い通りにしたいというところから発生する苦悩が、とても多いのです。だいたい私たちは、それで悩んでいることが多いようであります。
お釈迦さまは、そのことを二千五百年も前にお見通しになり、人を自由にしよう、思い通りにしようとしてもできませんよ、そもそもこの娑婆世界は自由になりませんよ、と教えられました。
そして、ご法に目覚めなければ、ご法に依らなければ、この世の中は苦の世界ですよ、とおっしゃったわけです。何が本当の原因で苦悩しているのかを見つめると、結局は、周りを、環境を自分の思い通りにしたいという執着と申しましょうか、そうした自分の価値観が原因になっていることが多いということです。

『佼成新聞』より