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「一食(いちじき)研修ツアー」東ティモールコース同行レポート


4月29日から5月4日まで、「一食(いちじき)研修ツアー・東ティモールコース」(団長=平井孝昌世田谷教会長)の一行15人が東ティモールを訪問しました。同国は、400年にわたるポルトガルの植民地支配、インドネシアの軍事介入・占領という歴史を経て、21世紀最初の独立国となりました。しかし、国内では政治的、地域的対立がいまも続いており、公共サービスも滞っています。一行は、一食平和基金からの支援を受けてユニセフ(国連児童基金)が展開する初等教育支援事業を視察。都市部、山間部4つの小学校を訪ね、現地の実情やプログラム内容について学ぶとともに、各校の子供たちと交流を深めました。

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ナムソン村バーイ集落では、カシア(マメ科)の苗木ポットづくりを村人と共に行った


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山間部で支援が進むラクルバル・オルララン小学校(上)、さらなる支援を必要とするタブラシ小学校(下)。「学校に通えてうれしい」と子供たちは瞳を輝かせていた


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首都ディリ。この街を中心に「新しい国づくり」が目指される


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「この国の悲しみ、苦しみに少しでも寄り添いたい」。一行は読経供養と献花を行った(サンタクルス共同墓地)

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必要とされる教育を子供たちに提供しようと、教育省はユニセフと連携し、さまざまな教材の開発を進めている


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「すくすくと育ってほしい」と願いを込め、新聞紙で作ったカブトを子供たちにプレゼント。一緒に折り紙で遊び、楽しいひとときを過ごした(コトバウル小学校)

祈りを込めた読経の声が響く。紛争で散った亡き人々を慰める、高さ2㍍の十字架が、夕暮れのやわらかな日の光を浴びていた--。
4月29日夕刻、一行は首都ディリにあるサンタクルス共同墓地にいた。1991年11月、独立派の平和的なデモ行進に対し、インドネシア軍が無差別発砲。一般市民を含め400人以上の犠牲者を出した「サンタクルス事件」の現場でもある。いまなお、惨劇を忘れず、多くの人々が慰霊に訪れている。一行の慰霊供養の様子をじっと見つめていた少女が、十字を切ると、団員たちにならい胸の前で合掌した。
99年8月、独立を問う国民投票で、25年間に及ぶインドネシア占領からの脱却が選択された。しかし、独立反対派武装民兵による騒乱が勃発(ぼっぱつ)。1000人以上の死者を出し、70%以上の家屋、学校、病院などの公共施設が放火、破壊された。その後東ティモールは国連暫定行政機構(UNTAET)を中心に、国際社会の支援を受け、2002年5月、晴れて独立する。しかし、06年4月、政府に対し不満を持つ軍内部の蜂起がきっかけとなり、再び国内は混乱。現在、50カ所に国内避難民キャンプがあり、約6万5000人が生活している。政情もいまだ不安定であり、今年2月、ジョゼ・ラモス・ホルタ大統領(ノーベル平和賞受賞者)が襲撃された事件は記憶に新しい。
そのような情勢の中で、犠牲となっているのが、東ティモールの子供たちだ。1999年の騒乱で教育システムは完全に崩壊し、現在も初等教育就学率は77%、小学校卒業率は46%にとどまる。また、15歳以上の非識字率も50%と高い数字を示している。
ユニセフ東ティモール事務所代表・久木田純さんは言う。「女性一人あたりの出生率は、7・5人。約100万の人口のうち、実に18歳未満が50%を占める若い国です。それだけに高い潜在能力を持った国と言えます。大人たちのつくった負の遺産を残さないために、教育システムへの支援は重要です」。

教育省の調査では、同国には約900の小学校があり、その多くが山間部、へき地に点在している。片道1時間から2時間をかけて学校に通う児童も多く、また、水くみや薪(まき)拾い、農業の手伝いなど、働き手として家庭を支えなければならない実情が、学校から足を遠のかせている。
ユニセフでは「子どもにやさしい学校(Child Friendly School=CFS)」をコンセプトに、初等教育支援事業を展開。学校や教室、教師数が不足していることを鑑(かんが)み、複数学年を一クラスとして授業を行う複式学級を取り入れている。それに伴った教員の育成、教材・カリキュラムの開発など、質の高い教育システムの構築を目指す。この事業に対し、今年次から3年間「一食平和基金」による支援が行われ、浄財は主に山間部の小学校の支援に役立てられる。
一行は首都ディリを拠点に4月30日と5月2日、ユニセフ東ティモール事務所の齋藤菜奈子さん(教育課教育担当官)の案内で、山間部の今後さらなる支援を必要とする小学校と、すでに支援を受け「子どもにやさしい学校」の理想に近づく小学校を訪ねた。
30日、一行はディリ市内から南に約30㌔離れたアイレウ県の小学校2校を訪問。両校ともに支援が開始されたばかりだ。1校目のコトバウル小学校は、生徒数約100人、教員1人。バンブー(竹)を使用した木造建築で、村の公民館を校舎として再利用している。2校目のタブラシ小学校は、生徒数約50人、教員1人。通学が困難な子供たちの将来を心配した親たちが、資材を集め、創設した小学校だ。両校とも仮校舎で、低学年にしか対応できず、教材も不足している。また、1人の教師が異なる学年の子供たちを効率的に教えるには、教師のトレーニングも不可欠だ。トイレ、水道などの設備も整っておらず、健康・衛生面での支援も必要とされる。同国の5歳児未満の死亡率は、1000人に61人。栄養失調の児童は半数以上を占める。栄養失調や寄生虫によって腹部をぽっこりとふくらませた子供たちも少なくない。

2日は、ユニセフのサポートを受け、「子どもにやさしい学校」を目指し成果を上げているマナトゥトゥ県(ディリ市内から東南約40キロ)の山間部にあるラクルバル・オルララン小学校を訪問した。同校は生徒数約250人、教員7人。1、2学年、5、6学年に対し複式教育を取り入れ、各児童に教材が行き届いている。また、トイレ、水道の設備も整う。同校を本校として11の分校を持ち、各校の教師を集め、定期的に勉強会を開き、スキルアップを目指す。ユニセフのサポートにより、地域、PTAへの理解も進み、児童数を把握し、地域に住む就学困難な子供たちのリサーチが定期的に行われる。ユニセフの支援を得て、現在の環境が整うまでに約4年の歳月を要している。
教育システムの確立には、政府、国民の自主的な努力、自立への決意が不可欠である。同国の子供たちの教育機会の均等、自ら未来を切り開く力の涵養(かんよう)という目的のために「一食平和基金」が役立てられることを、一行は改めて学び、各校の子供たちと歌や踊り、折り紙を通して交流を深めた。
なお、1日はアイレウ県マウルサ村で活動する日本の特定非営利活動法人「シェア=国際保健協力市民の会」の保健・衛生事業を視察。3日は、ディリ市内の生徒数1300人を有するカンプンバル小学校を訪問した。一行は、都市部と山間部それぞれの実情に合わせた支援のあり方と、保健・衛生面での支援の重要性を学んだ。
ツアーに同行した東ティモール出身のユニセフスタッフ、ジョージ・モウジィーニョさん(教育課)は語る。
「厳しい現実を、子供たちの目線で理解し、教師たちの苦労を聞いてくださった、その一つ一つの姿勢に感謝します。『一食を捧げる運動』のことをはじめて知り、感動しました。この国の悲しみ、苦しみを理解し、支援くださっていることを忘れません」

【参加者の感想】
U.Yさん(20)
「慰霊供養からツアーが始まり、現地の人たちの信仰心のあつさ、心の温かさに触れ、小学校の訪問では、子供たちからたくさんの元気を頂きました。現地の人々は皆、厳しい環境の中で互いに支え合い、笑顔が輝いていました。そんな皆さんに、一日一日を懸命に生きる大切さを教えて頂きました。これからも、目の前にいる人の幸せを祈り、そして、世界中の人たちの幸せを念じられる私になれるよう、「一食運動」を続けていきたいと思います」

S.Yさん(64)
「山間部、へき地の小学校は、正直に言って、掘っ立て小屋のような教室でした。しかし、子供たちの「勉強しよう」という熱意は伝わってきました。着る服も粗末で、栄養失調の子もいる。私が幼かった頃の、戦後の日本が思い出されました。日本は物質的に恵まれた国となりました。しかし、そのために精神的な豊かさを失ってしまったとも言われます。この国から、私たち日本人が学ぶべきことはたくさんあると思います。先進諸国の視点でこの国の状況を判断するのではなく、この国の人たちの声を聞き、彼らにとって本当に必要な支援をしていかなくてはならないと思います」

メモ
【東ティモール】
 オーストラリアの北西約500キロにあるティモール島東側半分に位置し、面積は1万4000平方キロメートル(長野県とほぼ同じ)。99%がキリスト教徒。主な産業は農業、とくにコーヒー豆の品質がよく、地場産業となっている。公用語はテトゥン語、ポルトガル語。

(2008.06.13記載)