「一食(いちじき)研修ツアー・ベトナムコース」同行レポート
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「一食(いちじき)研修ツアー・ベトナムコース」(団長・梶田貢司三鷹教会長)=主管・外務部、青年本部=が8月2日から9日まで実施され、10人が参加しました。一行は、北部山岳地域のホアビン省タンラック郡でJVC(日本国際ボランティアセンター)と立正佼成会が合同で進める「住民参加型農村開発プロジェクト」を視察。民泊などを通し、村の人々との交流も深めました。また、ベトナム戦争や中越国境紛争などで国のために命を落とした人々を追悼する「烈士の墓」で、慰霊供養を行いました。 |
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ナムソン村バーイ集落では、カシア(マメ科)の苗木ポットづくりを村人と共に行った |
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オートバイの往来で活気あふれるハノイから、南西へ約130キロ。ホアビン省タンラック郡に入ると、山間(やまあい)に棚田や段々畑が広がる。ベトナムの山岳民族の一つ、ムオン族が暮らす同地は、国内で最も貧しい地域と言われる。 本会は、1991年よりJVCを通して、ベトナムの支援を行ってきた。99年からは、ソンラ省とホアビン省で「住民参加型農村開発プロジェクト」が展開されている。 社会主義国のベトナムは、政府や共産党からいわゆるトップダウンの形で情報が伝わることが多く、村人が自分たちの立場から現状を客観的に判断することが難しい。 タンラック郡には、これまで政府の施策や援助はあったものの、導入された品種が気候や土壌に合わず、病害虫の被害に遭い作物が取れないことがあった。 そこでJVCは、人民委員会と集落の代表者で構成する「村づくり委員会」を通じて、よりよい村づくりのための研修や経験交流を催した。その中で村人は情報を共有し、今後のあり方を検討した結果、自然資源を生かした持続的な農業を行うことを決定。具体的には、遺伝子組み換えによる品種や化学肥料を用いず、風土に合った在来の品種を多用する農業で安定した食料の確保を図っていく方途を選択した。JVCがサポートしながらも村人が主体的に進めて行くことから「住民参加型農村開発プロジェクト」と呼ばれる。
一行は4日、標高1000メートルにあるバクソン村を訪れ、高台から植林の現場を視察した。 同地は焼畑農業や人口増加により森林面積が狭まり、動植物や水資源が減少。雨が降ると傾斜地に作った段々畑の土壌が流失する危険にさらされていた。そのため、土壌流失防止と水資源を確保するため植林が実施されている。 タンラック郡に向かう途中、一行はスコールに見舞われ、ぬかるみに四輪駆動車のタイヤをとられて何度も足止めをくった。視察初日から、現地の過酷な環境を体験することになった。 その後、ナムソン村に移動した一行は、村づくり委員会委員長で副村長のディン・バン・ルンさん(44)宅を訪問した。村では2005年に電気が普及。木造の高床式の住居に住み、生活用水は湧水や雨水から得ている。一行はこの地方の料理でもてなされ、集まった村人たちと楽しく交流した。 村づくり委員会副委員長も務める村長のブイ・タイン・チュエンさん(48)は、一行を前にして語った。「村では食料が得られない状況が長く続いていました。このプロジェクトはいくつかの援助の中で最も効果的です。一時的な物やお金の支援ではなく、村人自身が主体的に計画し、実施し、評価し合う持続的なプロジェクトだからです。皆さんの真心は孫の代まで語り継ぎます」。 一行はその晩、ルンさん宅に宿泊。広間に枕を並べて就寝し、現地の人々の暮らしを体験した。
5日は、地元で"スーパーお母さん"と言われているブイ・ティ・トゥオンさん(46)宅を訪問した。夫と2人で自宅裏の傾斜地を開拓したトゥオンさんは、同プロジェクトが進める「等高線農業」推進者の一人だ。「等高線農業」とは、山の等高線上や段々畑のへりに果樹やマメ科の植物を植える農法。その根が土止めとなって土壌流失を防ぐとともに、作物を収穫し、葉や茎は肥料になる。 トゥオンさんは畑にはトウモロコシ、ピーナッツ、あわ、大麦など多種の作物を植え、食料と家畜の飼料を生産している。「10年頑張ってもうまくいかなかった農業が、等高線農業を導入してからは土が肥え、収穫量が上がりました。私はうれしくなって、成功した品種をみんなの目につく場所に植えて、啓発しています」。 村人に積極的に農法を伝えているトゥオンさんは言う。「私の家族だけでなく、村人みんなが幸せにならない限り、私は幸せを感じられない」。その言葉は一行の胸を強く打った。 6日、山を降りた一行は、広々とした水田が広がる平地のディックザオ村を訪れ、「アヒル水稲同時作」「魚水稲同時作」「幼苗一本植え」を行っている水田を視察した。 人民委員会の役人を定年退職したブイ・フォン・バオさん(63)が「魚水稲同時作」を行う2000平方㍍の水田には、フナやコイの稚魚約1000匹が放されている。雑草は魚の餌となり、魚のフンは肥料の役割を果たす。また、成長した魚は市場で売られ臨時収入となる。バオさんは、「魚水稲同時作」によって520万ドン(約3万6400円)の収入を得たという。「化学肥料を使わないことでタニシやタガニが戻り、水田の生態系がとても豊かになった」と、喜びの声を聞かせてくれた。 また、「幼苗一本植え」を行っているバイ集落の集落長・ブイ・バン・リエンさん(54)は、「イネの苗を一本ずつ植えることで根や茎の分化が促進し、病害虫の被害も減り、コメの収穫量が3㌧近くも上がった」と、笑顔で話していた。
JVCが村人と信頼関係を築き、細かに成果や課題点を確信し合う中で展開されてきた「住民参加型農村開発プロジェクト」は、2009年3月末でいったん終了する。以降は、同プロジェクトを通して育った村人のリーダーが中心となって推進する。 ツアーの最中、どの訪問先でも一行は笑顔で迎えられた。過酷な環境、重労働の中でも、「家族が一緒に働けることが幸せ。ずっとこの村で暮らしたい」と話す村人の姿に、家族の絆(きずな)の強さ、郷土を愛する心の深さを教えられた。 あるとき団員が「一食を捧(ささ)げる運動」の精神を説明すると、ディン・バン・ズンさん(21)は、「皆さんの心をしっかりと受けとめて果樹園を造る夢を実現させたい」と瞳を潤ませた。ズンさんは自宅の庭でミカンの木を育て、地道に苗を増やしている。彼はプロジェクトの資金が、会員が一食を抜いて献金したものだということを初めて知ったのだった。 大自然に生かされて生きるタンラック郡の人々との出会いは、一行にとり「一食運動」の意義を改めて認識する機会となった。 一人の団員が言った。「これからは、村の人々の姿が浮かんで、有り難く『一食』が実践できる」。参加者共通の思いだ。
【参加者の声】 H.Kさん(40) 私は会社を経営していますが、仕事を休んでツアーに参加するに当たって、「一食運動」の資料を自分で作り社員に見せました。身近な人にツアーの目的を知ってほしいと思ったからです。現地で胸を打たれたのは人々の笑顔、家族の絆です。日本人が経済成長の中で失ってしまった大切なものを教えて頂きました。今回、村人の側に立ったプロジェクトを視察し、彼らの明るい未来を見る思いがしてうれしくなりました。帰国後は、まず100人の従業員に学んだことをお伝えしたいと思います。
М.Aさん(23) 「一食平和基金」が活用されている様子を見学し、また「一食」の心をお伝えすることができ、貴重な体験となりました。今回、同悲同苦の思いでさせて頂く献金が、後世にも伝わる支援になっていることを知り感激しました。私たちは、献金の先にあるものをしっかりと見据え、世界で起こっている問題にも目を向けなければなりません。これからも、光澍生で組織するボランティア隊の一員として、「一食運動」を推進していきます。
※メモ 【ベトナム社会主義共和国】 人口約8520万人、首都はハノイ。宗教は仏教徒が80%で、ほかにカトリック、カオダイ教など。54民族からなる多民族国家でキン族が人口の87%を占める。残りの53民族は主に山岳地域に暮らし独自の文化を守る。1986年のドイモイ(刷新)政策後、目覚ましい経済発展を遂げる一方、都市部と北部山岳地域との経済格差が拡大。自然資源も減少し、山岳地域の人々の生活を脅かしている。 |
(2008.08.22記載)
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