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「一食研修ツアー」インドコース同行リポート


「一食(いちじき)研修ツアー・インドコース」(団長=谷川浩通・立正佼成会健康保険組合常務理事)が10月31日から11月10日まで実施され、15人がインドを訪問しました。一行は、本会一食平和基金から運営資金を委託され庭野平和財団が進める「南アジアプログラム」の実施状況を視察。都市部のスラムを支援する現地NGO(非政府組織)のMSK(民衆奉仕センター)と、農村部で少数民族への支援活動を行うACM(最底辺の人々の覚醒協会)の取り組みを見学しました。インド独立の歴史や社会運動への理解を深めた同ツアーの様子、貧困の実情とその解決に向けた取り組みを紹介します。

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スラムの住民と交流。一行は、貧困の実情や支援の成果を住民から直接聞き、一食運動の意義を再確認した


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一食平和基金の支援でつくられたため池。灌漑だけでなく、魚の養殖池としても役立っている


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ティアンシ村の学校を視察。歌や踊りを通して生徒と交流した


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ブラムハナマラ村の女性たちと支援の必要性について話し合う


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同基金とACMの協働で設置された井戸。安全な水の確保は、雨水に頼っていた村人にとって大きな喜びだ

インドの人口は今や10億人を超える。広大な土地、豊富な資源を擁し、IT(インフォメーション・テクノロジー)産業が急成長を遂げている。
一方、1日1ドル以下で生活する、いわゆる「絶対的貧困層」はそのうち約4億人。1950年に制定された憲法で「カースト」制度と、それによる差別は禁止されたものの、その影響は今も残る。また女性軽視や識字率の低さは大きな社会問題となっており、教育の機会を奪われ、医療や公共サービスから疎外された人々の暮らしは厳しいままだ。
こうした状況を背景に、貧富格差が拡大。庭野平和財団では『貧困の削減』をメーンテーマに、2004年より「南アジアプログラム」をスタートし、インドで現地NGOと協働してプロジェクトを実施してきた。
一行は11月1日、デリー市内のAVARD(農村開発のためのボランティア団体協会)を訪問。同プログラム・インド諮問委員、P・M・トリパティ氏からインドの状況と、"インド独立の父"として知られる宗教家、政治指導者のマハトマ・ガンジーの精神と行動について説明を受けた。トリパティ氏は「毎日一つまみの米を壷(つぼ)の中に入れ、1年間貯(た)めたものを他人のために寄付する」というガンジーの運動を紹介。「一食を捧(ささ)げる運動はガンジーの精神に共通するものがある。私は皆さんの活動に共感を覚えます」と話した。

インド北部、ガンジス川のほとりに位置するウッタル・プラデーシュ州バラナシ(ベナレス)市は、ヒンドゥー教の聖地として知られる。
同市には職を求めて州東部や隣接するビハール州から膨大な人々が流入。しかし、貧困層の人々が求める職に就ける可能性は低い。多くの人がスラムを形成し、その数は300を超えるといわれる。
MSKでは07年より、市内10カ所のスラムで住民1万1345人を対象に支援を行ってきた。支援するスラムは2つのカテゴリーに分かれる。一つは「指定カースト」と呼ばれる最下層民が対象。もう一つは、バングラデシュなどからの移民であるマイノリティー(社会的少数者)だ。共通する問題は水やトイレ、住宅といった基本的な設備が整っていないこと。特にマイノリティーの住民はほとんどがバングラデシュからの移民であり、市民権を持っていないため医療や教育など公的サービスを利用できず、より深刻な問題を抱える。
3日、一行はノイボスティ地区のスラムを訪問。湿地帯だった同地区は土地が低く、雨水や生活排水が溜まり不衛生な環境にある。蚊の発生によりマラリアに感染する危険が高く、特に犠牲になるのが女性や子供だ。乳幼児死亡率が高く、10人に1人は5歳まで生きられないという。入院費を払えず、自宅出産の際の感染症により、妊産婦が死亡するケースも少なくない。
MSKは女性や子供を中心に保健衛生に関する啓発運動や健康診断を行ってきた。また、与えられる支援ではなく住民自らが問題に気づき、改善する意思を持って活動できるよう「自助グループ」の形成をサポート。グループ内で定期的に貯蓄し、生計や就業の資金を生み出す「グループ貯蓄」の方法指導や、研修会、レクリエーションを実施している。
バングラデシュ移民の住むニララナガー地区で一行は、さらに劣悪な環境を目の当たりにした。ごみを寄せ集めて築いた小屋、周囲に山積されたビニールやプラスチック容器、汚水にまみれて遊ぶ子供たち......。同地区の住民の識字率はほぼ0%で、ほとんどの家族がごみを収集して生計を立てている。
スラム内の広場に100人近い住民が集まり、交流の時間が持たれた。歌や質疑応答を通して互いの文化を分かち合う中、一人の老女が「うちの息子も、あなたたちみたいに読み書きができて、異国の言葉が話せたらね。教育は本当に大切だよ」とこぼした。
MSKのジャガット・ナラヤン代表は言う。「短期間ですべてを改善することは難しい。しかし、自助グループや教育支援などを通して彼らの意識は少しずつでも、確実に変わってきている。今後もあきらめずに支援を続けていきたい」。

一行は4日、オリッサ州・マユルバンジ県でローダ族の支援を行うACMを訪問した。
ローダ族は、狩猟採集による生計の大半を森林資源に依存してきた少数民族。かつては資源が豊富だったが、森林の伐採、国や州などの土地管理により生計の糧は減少した。極度の貧困から中には犯罪(窃盗)に手を染める者もいた。英国植民地時代に「Criminal Tribe(犯罪部族)」に指定されたことで、社会的差別や不当逮捕も受けている。
ACMは創設以来、ローダ族の支援を続けてきた。10カ村の875世帯を対象に「ピース・プロジェクト」を実施。自助グループへの取り組み、教育支援、職業訓練を行うと同時に、灌漑(かんがい)施設の設置にも力を入れる。州政府や警察、他の部族に対してローダ族の人権を守る運動も続けている。
一行はACMスタッフとともに支援先の三つの村を訪問。5日に訪れたティアンシ村では、教育プログラムで建てられた学校を見学した。同校は一時、資金不足から閉校したが、06年より本会一食平和基金の支援を受けて授業を再開。現在、1年から3年まで合わせて54人の生徒が通っている。
レンガ造りの飾り気のない校舎。10畳ほどの教室には、同基金によって支給された教材と筆記用の黒板を使い、うれしそうに勉強する生徒たちがいた。団員が「将来の夢は?」と問うと、「立派な大人になりたい!」と目を輝かせた。
その後、グハルディア村に移動した一行は、同基金の支援でつくられたため池や農園、自助グループを対象に行われている縫製トレーニングの様子を見学。「ビナパニ」という名前の自助グループには現在、10人の女性が参加している。全員がトレーニングを受け、収入向上につなげている。その収入から月に25ルピー(1ルピー=1・87円)ずつ貯蓄し、グループで3万6000ルピーを貯めたという。貯蓄金で小さなテントと移動式キッチンを購入。地域の祭事で貸し出すなどグループで管理し、生計を補っている。
リーダーの女性は言う。「自助グループは互いに協力する大切さを教えてくれました。この活動は未来につながります。グループのメンバーで力を合わせて生活を向上させていきたい」。
最後に訪問したブラムハナマラ村では、35世帯が同基金の支援対象となっており、三つの自助グループができている。一行は収入向上を目的に実施されている伝統工芸の竹細工の製作現場を視察した。
この仕事が好きだと話すジャヨンティ・カランディーさんは、夫と子供2人の4人家族。雇用の限られる農村では安定した仕事はなかなか回ってこない。職業訓練を通して竹細工に携われる今、「家族の前進につながっている」と喜びの声を聞かせてくれた。

帰国前、西ベンガル州・コルカタ市を訪れた一行は、インド諮問委員の一人で自身も人権問題に携わるマナベンドラ・マンダル氏と懇談した。同氏は、インドの現状の一端を見て戸惑い、社会や経済のあり方、さらに支援方法について真剣に考え、答えを導き出そうとする一行に敬意を表しつつ、こう語りかけた。「あなた方は『一食を捧げる運動』を通して他者に関心を抱き、"持たざる人々"のために献身しています。自らも空腹を我慢するという方法で、平和への道を開いているのです。それは小さなことかもしれない。ですが、そこに住む人々にとっては、未来に向けていのちの営みを継続していけるほど大きなものなのです」。

【参加者の声】
E・Sさん(31)
これまで「一食を捧げる運動」に取り組む中で、その意義や大切さをただ漠然ととらえていたように思います。現地の人と触れ合い、一食平和基金が本当に人々の役に立っている様子を目の当たりにし、また実践者の心が伝わっていることを肌で感じ、私自身、一食運動を身近に感じることができました。複雑な問題が絡み合うインドという国で、「貧困とは何か」「本当の支援とは」と疑問にぶつかり、改めて一食運動に取り組む上での課題を頂きました。今後の活動の中で、自分が見て感じたありのままを伝え、仲間と共に一食運動を盛り上げていきたいと思います。
F・Hさん(22)
私は、多くの人と触れ合いたいという思いを抱いてインドを訪れました。ツアー中、ヒンディー語やベンガル語など現地の言葉を覚えて人々と接しましたが、つくづく感じたのは、インドのことも、貧困のことも、何も分かっていなかったということです。本当にインドの人たちが"貧しい"のか、私には最後まで分かりませんでした。しかし、それでもインドという国を感じ、NGOの活動を学ぶ中で、人が人を助けるのに理由はいらないと思う自分がいました。そして、自分はどうしていけばいいのかとふと立ち止まったとき、今できることを精いっぱいやるしかないと、一食に初めて携わったときに聞いた開祖さまのお言葉に立ち返ることができました。これからも一食に取り組んでいきます。

(2008.12.19記載)