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中国で幼児教育(青年海外協力隊)の任務終えて帰国した宮田教会・柴田さん


青年海外協力隊の隊員として2007年1月から中国・重慶市で幼児教育にあたっていた柴田さん=宮田教会=がこのほど、2年間の任務を終えて帰国しました。中学時代から外国で支援活動に携わる目標を持ち続け、幼稚園教諭となった後に夢を実現させました。考え方や言葉の違いを超えて、中国の子供たちや教諭と心を通わせた日々を聞ききました。

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--どのような幼児教育に携わったのですか?
北京で1カ月間、語学研修を受けた後、重慶市の「南坪実験幼稚園」に派遣されました。300人以上の園児が通うモデル幼稚園です。
人間味あふれた人材育成を実施していくために、日本の保育を取り入れたいとの中国側からの要請を受けての派遣でした。
中国の幼稚園では、日本でよく見られる遊びや情操教育を中心とした「保育」ではなく、教材を用いた「授業」が中心です。親や先生が期待するのは「良い成績」。重視されるのは結果ですから、仮に想像力が豊かでも、できない子は落ちこぼれと見なされます。そのことに、まず戸惑いました。
私が子供に寄り添っていると、先生たちからは「子供が甘える」と指摘されることもありました。そんな時、自分の考えを話そうと思うのですが、なかなか言葉が出ず、「言葉の壁」を痛感しました。意思の伝達がうまくいかず、「私たちが3年要請し続けて、来た人材がこの程度なの」と言われた時は、ひどく落ち込みました。

--壁を乗り越えるために何をしたのですか?
相手の発言に発奮して、毎日、中国語を猛勉強しました。それに、母が機関紙誌を送ってくれていたので、機関紙誌やご著書を拝読しては、相手のせいにしないで、自分を変えることから始めようと考えることができました。
一人ひとりを大事にする保育の重要性を分かってもらうには、まず自らが実践していかなければなりません。
先生や園児は、自分に利害のある特定の関係の中でしかあいさつをしないように感じていたので、私は出会うすべての人にあいさつしようと心がけました。
重慶は、日中戦争当時、日本軍から何度も爆撃を受けたため、高齢者を中心に反日感情の強い場所です。園児の祖父母の中にも、とても日本が嫌いな方がいました。
そうした中、一人の高齢の女性が門の前であいさつしている私の所に来て、「遠くから見て、あなたが日本人だとすぐに分かりましたよ。深々と腰を曲げてあいさつする先生は、中国にはあまりいませんから。昔はいろいろあったけど、日本というのは、素晴らしい教育をする国なんですね」と言ってくださったんです。お年寄りから、そんなことを言われて、すごくうれしくなりました。
その後も、日本を嫌っていた人が、あいさつを通して、とても親切に接してくださるようになっていきました。国が違っても、教えの尊さは変わらないのだと肌で感じました。

--他に中国で学んだことはありますか?
振り返ってみると、当初は、私が色眼鏡で現地の人を見ていたために、文化、習慣を理解できなかった面があったかなと反省しています。教会では「偏見を持たずに見ていきましょう」とか、教育現場では「子供たちのあるがままを受け入れましょう」と言って、頭では分かっていたつもりでしたが、できていなかったようです。
その後、中国語を習得するにつれて、子供の情緒を大切にした保育について意見を交わせるようになっていきました。保育の現場では、しゃがんで子供の目線で話すことが大切です。結果だけでなく、過程を大事にすることで豊かな心が育ちます。折り紙を配る際など、一列に並んで順番を待つことを通して、他人に配慮する心が芽生えます。そういった保育の効果を理解して、実践してくれるようになった時は、うれしかったですね。
一方、中国の人からは、お年寄りへの思いやりの表し方、生き抜く強さなど多くのことを教えて頂きました。

--今後の目標は?
おかげさまで、元の職場で幼児教育に携わらせて頂いています。今後は、さまざまな形で若い教諭やその卵の方と、かかわることになりそうです。
信念を持ってやりとげること、素直な心で相手を受け入れる大切さなど、中国で学んだ教えの尊さを多くの人に伝え、明るい未来の一助になれればと願っています。

(2009.03.20記載)