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石巻教会「ご本尊勧請者の集い」


「全会員へのご本尊およびご法号勧請」が始められて2年目の今年、石巻教会は、ご本尊・ご法号を安置した会員を対象に「ご本尊勧請者の集い」を行っています。ご本尊勧請の感動を新たにし、一人ひとりが仏に跪(ひざまず)き、ご供養のできる信仰者になることが目的です。参加者は、研修や法座を通して学びを深め、ご本尊勧請や教えに出遇(であ)えた喜びを分かち合っています。

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5月24日、ご本尊を勧請した会員と、勧請に携わった主任合わせて40人が教会道場に集まり、2回目の集いが行われました。和気あいあいとした雰囲気の中、安井利光教会長が『自分を知る』というテーマで研修しました。
安井教会長は冒頭、ご本尊・ご法号勧請に対する庭野日鑛会長の法話を引用しながら「生き方の手本となるご本尊を毎日拝することで、仏さまのように穏やかな心になれる」と説明し、日常の心の持ち方に言及。あらゆる出来事によってわき起こる自らの心を冷静に受け止め、日々、内省することが大切と伝えた。参加者は何度もうなずきながら話を聞き、その後、法座を通して日々の生活を振り返りました。
同教会では今年初め、「全会員へのご本尊およびご法号勧請」を進めるにあたり、支部長・七部長らが庭野会長の年頭法話を用いて心構えを確認しました。特に『ご本尊、ご法号に「お願い参り」するのではなく、自らのご法の習学を通して得た気づき、自覚、救われた喜びを「お礼参り」する一人ひとりでありたい』との文言をかみしめ、「ご本尊を勧請したから幸せになれるということではなく、勧請を機に、信仰者としての自覚を新たにすることが重要。なぜ信仰が必要なのか、なぜご供養が大切なのかを改めて学び、仏さまの願いに沿った生き方のできる私たちにならせて頂きたい」と、教えを生活に生かし、信仰者として仏の願いに近づく大切さを確かめ合いました。
3月に実施された第1回の集いでは、『先祖供養』をテーマに研修が行われました。参加者は先祖供養を通していのちのつながりに感謝し、かけがえのないいのちを精いっぱい生きる大切さをかみしめました。
手塚さんは、昨年6月にご本尊・ご法号を勧請。感謝の思いで朝夕のご供養を続けていたが、まもなく体のだるさや無気力状態が続くようになりました。〈ご本尊を頂いたのにどうしてこんなつらい思いをするのだろう〉と感謝の気持ちが薄れていきました。
第1回の集いに参加し、いのちの尊さを学んだ手塚さんは、「体調は悪くても、いのちを頂き、教会に来させて頂けることがありがたい」と気づきました。
腹部に激痛が走り、救急車で運ばれたのはその翌日。その日のうちに胆石の摘出手術を受けました。病室で目を覚まし、〈私は生かされている〉と心の底から感謝の思いがわき上がりました。支部のサンガが祈願供養をしてくれていたことを知り、多くの支えの中で自分があることにも気づけました。
「生かされているいのちです。これからは人さまのためにこの身を使いたい」。手塚さんは今、近隣の高齢者宅を訪問し、買い物の手伝いなどを行っています。感謝を込めた三部経の読誦(どくじゅ)も日課となっています。
また、五十嵐さんは日頃、足の不自由な妻に代わり、炊事や洗濯、ご宝前のお給仕などを担っています。集いの中で、「すべてがおかげさま」と気づきました。「家事ができるのも健康のおかげさま。教えに出遇えたのもご先祖さまのおかげさまだ。目が悪くてご供養は難しくなったけど、お礼の気持ちで毎日ご本尊に手を合わせます」と笑顔で話します。
嫁との関係に悩みを抱えていた宍戸さんは、「ご宝前に手を合わせることで心が安らぎ、嫁に優しく声をかけられる」と報告し、阿部さんは、「亡き両親へ感謝の心でご供養ができるようになりました」と、それぞれ喜びをかみしめています。
教務部長は、「勧請を通して一人ひとりが教えをありがたく実践し、幸せになって頂くことが大切だと改めて感じます。こうした喜びの輪がさらに広がるよう、勧請された皆さんと共に多くの方に感動をお伝えしていきたい」と話しています。

(2009.06.12記載)