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舞鶴教会 丸山さんと山口さんが、姉妹でパプアニューギニアへ慰霊の旅


南方の島に眠る父のもとへ--。舞鶴教会の丸山さんと妹の山口さんはこのほど、家族と共に、父が戦死したパプアニューギニアのビアク島を初めて訪れ、慰霊供養を行いました。慰霊の旅を通して感じたのは多くの人たちの真心でした。

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丸山さん(写真左)と山口さん(同右)


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ビアク島の慰霊碑前で父の冥福を祈る丸山さん夫妻と山口さん(写真提供・山口さん)


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二人の父は、第二次世界大戦でビアク島に出征、昭和19年に38歳で戦死しました。丸山さんが11歳、山口さんが7歳、三女の山田さんが2歳の時でした。父がいないことで家計は苦しく、友達からいじめられることも多くありました。「お父さんがおったら......」と姉妹は切ない少女期を過ごしました。
父へのわだかまりが解けたのは、姉妹が結婚後、それぞれ佼成会に入会してからのことです。父の成仏を祈り、毎日ご供養をあげる中、幼い娘たちを残して逝(い)かねばならなかった父の無念さに思いを馳(は)せるようになりました。
そんな折、長女の丸山さんの長男のはからいで、思いがけず父の慰霊の旅が実現しました。丸山さんの夫も同行。三女の山田さんは、けがで参加できなかったが、姉たちが現地から逐次、様子を伝えました。
サンゴ礁が美しいビアク島。密林を200メートルほど入った先に「戦没日本人の碑」が建っていました。きれいに管理された敷地。当時の日本兵を慕い、今も現地の人々が掃除を欠かさないといいます。姉妹の心に感謝が込み上げました。
家族で慰霊碑に、父やビアク島戦死者の戒名、父の好物だったまんじゅうなどを供えました。線香は、父の供養にと多くのサンガから託されたものです。孫たちが折った千羽鶴には『おじいちゃんのお陰様で私達が誕生できました。ありがとう』とつづられていました。多くの真心を胸に、姉妹は父の成仏を祈り、読経供養を行いました。
周囲にはいつしか村人が集まり、家族の様子を見守りました。晴天にもかかわらず、慰霊碑の周りにだけ雨粒が落ち始めました。
読経中、姉の丸山さんの脳裏に父の姿が浮かびました。出征時、父は無言で丸山さんの涙をふき、頭をなでてくれました。妹の山口さんは読経後、『お父さんが見守って下さるお陰様で幸せに暮らさせて頂いています』と手紙を読み上げました。
あふれる思いでその場に泣き崩れた姉妹。現地の人々が二人を温かく抱えました。「フラワーシャワーをどうぞ」と言って、現地の人々から渡された花々を家族で慰霊碑に散らしました。〈父も喜んでくれているに違いない〉。姉妹はそう確信しました。
笑顔で握手を求める村人たちの温かさに触れ、姉妹は「世界はひとつ」と実感しました。「もう二度と戦争は起こしてはならない」。改めて心にそう刻みました。姉妹は感謝を込め、文房具や人形などが詰まった袋を現地の子供たちに手渡しました。
帰国後、現地の写真をプリントするため、ある写真店を訪れた時のことです。店主が驚いたように写真を見つめました。店主の父もビアク島で戦死しており、母を現地に連れていきたいと願いながら、ついに実現しなかったといいます。「ビアク島に行ったような気分になれた」と店主はとても喜びました。
「多くの人たちの願いの中で慰霊に行かせて頂いたのだと思います。すべては仏さまのおはからいでした」と姉妹はかみしめています。

(2009.06.26記載)