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弱者救済に奔走するバングラデシュ教会の熱血医師トルン・バルアさん


〈すべての人に医療を提供したい〉。そんな願いを持ち、トルン・バルアさん=バングラデシュ教会=は1年半前、サンガと共に「チッタゴン・メディカル・サービス」(CMS)を結成しました。内科医として病院に勤務する傍ら、会員の医師らと無医村で無料診察活動にあたります。「この国はまだまだ貧しい。病に苦しむ人のためにも行動が必要なんだ」。少々ぶっきらぼうな熱血漢は、いのちの重みを感じながら、日々、患者と向き合っています。

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活動 無料診察を実施

車が間断なくクラクションを響かせ、人力車が客を乗せて走る。チッタゴンの朝の風景だ。せわしい街の喧騒(けんそう)を離れ、CMSの医師団18人を乗せた車列が郊外に向かっていた。一面に田園が広がり、道端では水牛が朝露に濡(ぬ)れた草を悠然と食(は)む。チッタゴンを出発して2時間。一行はムクット・ナイト村の小学校に到着した。
この日は、CMSが無医村で行う無料診察の実施日。村人たちは事前に配布された診察券を手に、診察室代わりの各教室に長蛇の列をつくっていた。CMS事務局長として運営を一手に引き受けるトルンさんは、ゴム草履をペタペタと鳴らし、忙しそうに校内を走り回る。「薬の手配は?」「患者さんたちの様子は?」。ボランティアの青年部員ら50人に状況を聞き、細かく指示を出す。不備があれば、鬼の形相で叱咤(しった)する。「申し訳ないと思ってる。でも、患者さんのことを考えるとつい......」。
診察開始から3時間が経(た)ち、内科の部屋を訪れたトルンさんは、休みなく診療する医師に代わってイスに腰掛けた。「次の方どうぞ」。頭から足までを黒のイスラーム衣装で覆った60歳の女性が、不安げに教室に入ってきた。
10月に入ったというのに、気温は35度を超えている。スチール製の古びた扇風機がうなりを上げ、室内の熱気をかき回す。「どうしましたか?」「心臓が痛くて」。トルンさんは血圧、脈拍を測定し、聴診器を当てた。問診をしながら、鋭い眼差(まなざ)しをカルテに向け、症状を書き込んでいく。大粒の汗があごを伝い、カルテの文字をにじませた。「大丈夫。少し血圧が高いので、薬を差し上げますからね。お大事に」。女性の顔に安堵(あんど)の表情が浮かんだ。「薬代は......」「もちろん無料。心配しないで」。女性の目が潤んだ。
農村部の医師不足は深刻だ。その上、治療費が払えず医師の治療を受けられない人も多い。この女性も、今回が生涯初の受診という。「村の雑貨店で薬を買うのが精いっぱい」。そう言って、処方箋(しょほうせん)を手に診察室を後にした。
 この日、医師団が診察した患者は全部で654人に上った。トルンさんは医師一人ひとりにねぎらいと感謝の言葉をかけ、黙々と片付けに取り掛かった。校庭に並べられたイスを積み上げ、汗をぬぐう。シャツは汗で体に張り付いている。「何でも屋だから」。昼食にありついたのは午後4時過ぎ。メンバーの中で一番最後のランチ。トルンさんは、冷めたカレーを右手で口に運んだ。

運営 恩師や友人と

CMSは現在、30人の医師によって運営されている。そのうちの半数以上はムスリムやヒンドゥー教徒。トルンさんの志に賛同した学生時代の恩師や友人だ。昨年12月に初めて無医村で医療活動を行い、これまでに4つの村で2337人の患者を診察してきた。CMSのように稼ぎにならない慈善活動に取り組む医師を、「変わり者」と批判する医師もいる。だが、トルンさんにとって、そんな意見は"どこ吹く風"だ。「仲間と一緒に農村で患者さんと向き合うことが何よりも好きだからね」。
小学校での診察を終えたトルンさんは休む間もなく、車に乗り込み、ポティヤ法座所に直行した。会員を対象にしたCMS主催の「健康講演会」の準備のためだ。病気を未然に防ぐには知識が必要との考えから、無料医療サービスのたびに最寄りの法座所で行っている。講師は、国内外で高名なセラジュル・イスラム医学博士。トルンさんの活動に共感し、毎回担当する。この日は、青年部員約60人が『薬物中毒とエイズ』をテーマにした講演に耳を傾けた。講演後、イスラム博士がトルンさんに握手を求めた。「弱者救済に奔走する君にはいつも刺激を受けるよ」。恩師の言葉にトルンさんは恐縮しながら、深々と頭を下げた。
チッタゴン市内の自宅に着いたときには、すでに午後10時を回っていた。集合住宅1階のドアを開けると、3人の子供たちがトルンさんに駆け寄る。「今日は何をして過ごしたの?」。トルンさんは子供たちに優しく語りかけ、1歳になる二女を抱きかかえた。この日初めてトルンさんの表情がゆるんだ。

喜び 患者の笑顔

トルンさんは、バングラデシュ南東部のスリープル村に生まれた。学業は常に優秀。高校卒業後は国内難関大学の一つ、チッタゴン医科大学にトップの成績で入学した。もともとはエンジニア志望。医師を望む両親の強い勧めに折れた。医学に興味を持てず、講義中は常に上の空だった。
そんなとき、大型サイクロンがバングラデシュを直撃し、沿岸部は壊滅的な被害を受けた。トルンさんの脳裏に浮かんだのは、幼少時から幾度となく言われた父の言葉だった。「人の役に立つ人間になれ」−−。トルンさんは学友に呼びかけ、急ごしらえで医療チームを結成し、十分な医療準備もないまま被災地に飛んだ。手当てをした患者の笑顔を見たとき、喜びが込み上げた。「おれも人の役に立てるんだ。社会のため、本気で医師を目指そう」。この体験が人生の分岐点になった。
イスラームの休日に当たる金曜日、トルンさんは故郷の村を訪れた。空には雲一つなく、青々とした稲が風に揺れる。里帰りの目的は、「オチント・バルア基金」による奨学金を村の学生に授与するためだ。亡き父の名前で始めた基金は、この6年間で約60人の中学・高校生を支援してきた。運営資金はトルンさん個人の貯金。そのため、支援額にも限度があるが、トルンさんは貧しさによって教育の機会を奪われないようにと願いを込める。
基金を始めた背景には、ある思い出がある。医大3年生のとき、父が体調を崩した。トルンさんはそれまで、奨学金によって学費と生活費を工面していたが、働けない父に代わり、実家の生活費を稼ぐ必要に迫られた。家庭教師のアルバイトに追われる日々。研究に専念する級友に激しく嫉妬(しっと)した。成績も下がり、心中では父を強く責めた。だが苦渋を味わい、ひと回り成長できたと確信する。「すべては私の力不足。人を責めても何にもならない。金銭苦を味わったお陰で、貧しい人々の思いを心底知ることができた」。
そんなトルンさんを妻のダリアさんは「いつも人のことばかり。お給料も奨学金のために使ってしまう。ちょっと困った夫」と、首をすくめる。「でもね、そんな夫が好きなの」。ダリアさん自身も奨学金に協力するため、時々家庭教師のアルバイトをする最大の理解者だ。
この日、村の寺で行った授与式では、7人の学生に奨学金と英語辞書が渡された。その中の一人、タックティン・バルアさんは、ひときわ目を輝かせていた。タックティンさんの父は首都・ダッカに出稼ぎに出ている。生活は貧しく、トルンさんは憧(あこが)れの存在だ。「勉強に励んで、僕も貧しさを克服したいんだ」。

信念 苦しむ人を救う

トルンさんが入会したのは5年前。義父に導かれた。もともと仏教徒だったが、研修で「菩薩行」の尊さを学び、"まず行動"という自分の信条にぴったりと合い、入会を決めたのだった。チッタゴンの教会道場までは自宅からバスや人力車を乗り継いで1時間ほどかかるため、研修や法座にはなかなか参加できない。その分、毎日自宅のご宝前に手を合わせ、家族の健康と病に苦しむ人々の安寧を祈る。
〈子供たちには、やはり自分と同じ医師の道を進んでほしい〉。そう願う自分がかつての両親と同じであることに最近気づいた。「人を気遣い、社会に貢献できる大人になってほしい」。
医師になって15年が経とうとしている。これまで数多くの死と向き合う中で、いのちの重みを痛いほど感じてきた。
「医療環境が不十分で時として患者さんの役に立てず、悔しい思いをしたこともある。それでも、医師は、目の前で苦しむ人を救うチャンスを与えられている。自分がその医師であることを誇りに思う。私一人が張り切っても、現状は変わらないかもしれない。それでも行動していけば、必ず世界を変えられる。そう信じてるんだ」
日々、大切にしている言葉がある。バングラデシュに古くから伝わることわざだ。
「人に奉仕することは、仏に奉仕することである」
揺るぎない信念が、トルンさんの背を押す。

(2009.10.16記載)