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「一食研修ツアー」国内難民支援事業現地リポート


「一食(いちじき)研修ツアー~日本国内における難民支援~」(主管・教務局社会貢献グループ、青年本部)が9月11、12の両日、群馬・館林市文化会館、東京・新宿区の四谷地域センターなどを会場に実施され、会員19人が参加しました。同ツアーは、立正佼成会一食平和基金と特定非営利活動法人「難民支援協会」(以下JAR)が合同で進める「国内難民支援事業」について理解を深めることを目的に行われました。難民のコミュニティーを訪問した一行は、人々の話に耳を傾け、暮らしぶりを見学する中で、同事業の意義を確認。また、さまざまなプログラムを通して、日本国内の難民の現状を学びました。同ツアーの内容と併せ、石井宏明・JAR事務局次長のコメントを紹介します。

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群馬・館林市にある難民のコミュニティーを訪問した会員たち。日本国内の難民の現状について説明を受けた


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難民たちの住居を訪れ、その困窮した暮らしぶりに触れた会員たちは、「一食運動」の実践を通した支援の重要性を確認した


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難民たちは、母国で迫害を受け、命懸けで日本に逃れてきた体験を参加者に訴えた

母国から逃れてきた人々
一行は12日、東京都内から車で1時間半ほど北上し、ミャンマーから逃れてきた少数民族「ロヒンギャ」の人々が暮らす群馬・館林市を訪問した。同市には自動車関連会社の工場が数多く存在し、難民たちの就労先となっている。また、そうした仲間を頼って、日本で経済的に困窮した多くの難民が流入したことなどにより、同市内にロヒンギャの人々のコミュニティーが形成されていた。
ロヒンギャの人々は、宗教や民族の相違を理由に同国の軍事政権から国民として認められていない。そのため、長年にわたって教育機会のはく奪や資産の没収、強制労働などの迫害を受け続けてきた。国籍を持たないため他国への旅行、移動に必要なビザも取得できない彼らは、隣国などへ一度入国した後、日本へ渡った。現在、このコミュニティーに暮らすのは、「難民認定」の審査結果を待つ難民たちだ。
JAR法律支援担当の伴めぐみ氏(29)は、彼らが現在置かれている状況について、「難民認定を申請している間は在留資格がないため就労を許可されません。外務省の予算削減により、唯一の公的支援である『保護費』を受給できない人も多い。近年の不況で仲間の支援も限界を迎え、難民は困窮した生活を送っています」と説明する。

食事の回数も減らし
国道沿いでバスを降り細い路地に入ると、古ぼけた8棟の平屋の民家が立ち並んでいた。22人のロヒンギャの人々が身を寄せ合って暮らすコミュニティーだ。10人ほどの難民が緊張した面持ちで一行を出迎えた。
コミュニティーのリーダーであり、すでに難民認定を受けたゾーミントゥさんらの案内で、一行は彼らの住居を訪れた。玄関を入ると、広さ4畳半ほどの部屋に二つのベッドが並ぶ。ここで4人の男性が生活しているという。家賃は月2万円。同協会の支援など限られた収入で生計を立てる難民にとっては、大きな支出だ。「お金が払えず、電気や水道を止められることも多い」と住人の一人は語った。
家の軒下や駐車場のわずかなスペースでは、ピーマンやナスなど6種類ほどの野菜が植えられていた。食糧の足しにと皆で協力して栽培しているものだが、十分な収穫は期待できない。食費は不足し、食事の回数を減らすしかないのが実状だ。路頭に迷った結果、難民申請を取り下げ、収容所への収容を求めて入国管理局に出頭した難民もいるという。しかし、母国から市民と認められていないため、帰る国もない。

JARの温かい活動
こうした状況を受け、JARは今年2月から頻繁にこのコミュニティーを訪問するようになった。近年の不況により、ロヒンギャの人々の失業率は9割を超える。JARは一人ひとりから生活状況を聞き取り、食糧の配布や生活費(月3万円)の支給などを実施している。また、難民認定に向けた手続きのサポートも行う。彼らは日本語が分からないため、複雑な難民制度や自分の置かれている状況を理解することが難しい。JARは何度も面会を繰り返し、審査に必要となる母国での迫害を立証する資料の作成などを通じ、彼らを支えている。現在、国内にはこうした難民支援を行う団体は他にはない。「JARだけが唯一、私たちに手を差し伸べてくれた」とゾーミントゥさんは感謝の言葉を口にした。
このあと、一行は館林市文化会館に移動し、彼らが母国で受けた迫害の体験などに耳を傾けた。また、難民認定の申請者の増加により、審査期間が長期化しているなど日本国内で暮らす難民の現状について理解を深めた。
「一食運動」の実践を通した会員からの支援に対し、ゾーミントゥさんは感謝を表した後、こう続けた。「皆さんは物質的な支援に加え、私たちの存在を認め、苦しみを理解してくれている。母国から迫害を受け、日本でも難民として認められない人々にとって、皆さんの思いやりの心は言葉で言い表せないほど大きな意味を持っているのです」。

その他のプログラム ロールプレイで心を共有
日本で暮らす難民の現状について理解を深めようと11日昼、東京・新宿区の四谷地域センターでJARによる「ロールプレイ」に取り組んだ。参加者は、芝居形式で難民の立場を演じることで当事者の感情などを推察。「いのちの危機に直面した際に何を持って逃げるか」「異国の地でどのように難民として保護を求めるか」などさまざまな場面を想定し、問題解決に向けた議論を行った。
 同日夜には、「難民認定」を受けたミャンマー人が経営する都内のレストランを訪問し、同国から日本に逃れてきた難民4人と交流した。参加者は、母国の民主化運動に参加することで軍事政権から迫害を受けた難民の体験や明確な理由を明らかにされないまま入国管理局の収容所に収容されるなど難民の置かれている厳しい現状に耳を傾けた。

参加者の声
Y.Tさん(54)
ミャンマー難民のコミュニティーを訪れた時のことです。市民権をはく奪されるなど母国の軍事政権から彼らが受けた迫害の実情を聞きました。同じ地球に生きていながら、これほどまでも市民の置かれている環境が違うのかと心が痛み、世界中で苦しむ人々のために何か行動しなければという思いが一層強くなりました。私が彼らの問題の解決に向けて直接的な支援を行うことは難しいかもしれません。しかし、「一食運動」を通して厳しい生活を送る人々の気持ちに近づき、思いを馳(は)せることはできます。すべての人が安心して暮らせる世界が一日も早く実現するよう、これからも「一食運動」を実践し、平和を祈り続けます。

A.Mさん(21)
これまで「難民」という言葉を聞くと、どこか遠い国の人々のことを想像していました。しかし、ツアーへの参加を通し、自分の身近で厳しい生活を送っているという事実を知りとても驚くとともに、私たちの献金が彼らの生活の支えとなっていることを実感できました。家に置かれた一食平和基金の募金箱が難民のいのちにつながっていると分かり、「一食運動」の尊さを改めて感じたのです。しかしながら、私自身がそうであったように、日本の難民問題について知らない人は多いように思います。今後はツアーでの体験や難民の現状、「一食運動」に込められた精神をより多くの人にお伝えしていきたいと思います。

【難民支援協会事務局次長 石井宏明コメント】
難民のいのちをつなぐ支援に感謝
全国の立正佼成会の皆さま、日ごろから「一食を捧(ささ)げる運動」を通してJARをご支援くださり、誠にありがとうございます。皆さまが寄せてくださった献金は、さまざまな形で日本に暮らす難民のために役立たせて頂いております。改めて深く感謝を申し上げます。
一食平和基金と初めてご縁を頂いたのは、JARの設立以前にさかのぼります。まだ立ち上げ準備会段階だった幣会の理念に賛同し、団体として唯一、ご協力くださいました。以来、約10年にわたり共に日本国内の難民の法的手続きや生活のサポートをさせて頂いております。
JARの発足当時、日本国内における難民支援は、有志の弁護士が難民認定に向けた法的支援をしたり、有識者が政府に入管法の改正を求めて政策提言を行ったりするという形でした。平均して1年以上にも及ぶ難民認定の審査中、彼らは社会的、経済的に不安定な状況の中で生活しなければなりません。
そこでJARは、難民一人ひとりを総合的に支援したいと、生活と法的手続きの両面を支えていくことにしました。これまで支援した難民は2000人に上ります。併せて、最近ではそうした経験を生かし、政府に対して難民の地位の向上も働きかけています。定期的に政府と意見交換の場を設けるなど、少しずつではありますが問題解決に向けて前進している手応えを感じています。
一方で、国内の難民問題に対する認知度はまだ低いのが実情です。多くの難民が社会との接点を持てずに孤立しているほか、地域コミュニティーに溶け込めた場合でも、何らかのきっかけで個人情報が漏出し、母国の家族に危害が及ぶ危険性があるなど課題は少なくありません。JARとしてもこれまで以上に、問題点の多い日本の難民制度について、また、難民の複雑かつ厳しい現状などについて広く社会に発信していくことが大切だと考えています。
会員の皆さまにぜひともお伝えしたいのは、身分や経済的な保障を持たず、常にいくつもの不安を抱える難民にとって、「一食運動」を通した皆さまの支援はとても大きな価値を持つということです。まさに、難民のいのちをつなぐ重要な役割を果たしてくださっていると私は確信しています。
厳しい生活を送る人々の痛みを少しでも分かち合いたい--。こうした皆さまの尊い思いが込められた献金を頂いていることを再認識し、今後も活動を続けてまいります。

(2009.09.25記載)