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【ルポ】いのちの説法 共に学び、祈り合う神戸教会


すい臓がんのため余命半年と宣告された平成21年1月、木ノ下智昭さん(57)=神戸教会支部壮年部長=は一つの誓願を立てました。「教会発足60周年記念式典(平成22年4月11日)で説法をさせて頂きたい」。その目標を胸に、これまで一日一日を真剣に生きてきました。そんな木ノ下さんを、サンガが一つになって支えました。記念式典まで1カ月あまり。教会では今、木ノ下さんを通して一人ひとりがいのちを見つめ、共に学び合い、祈り合う世界が広がっています。

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「自分で決めるもんやない」

2月14日の早朝、まだ暗い中、木ノ下さんと妻の朝子さん(54)=支部教務員=が教会道場に姿を見せた。この日は西支部の道場当番。木ノ下さんはサンガとあいさつを交わし、体をいたわるようにゆっくりと法座席に座った。野渡三惠子支部長が笑顔で迎える。「皆さん、今日一日、支部の絆(きずな)をしっかり保ち、人さまに何を捧(ささ)げられるかを考え、優しさと思いやりを発揮して修行させて頂きましょう」。木ノ下さんはかみしめるように、うなずいた。
式服に着替えた木ノ下さんは、ご供養の準備をするため、聖壇お役者と共に地階の体育館に向かった。この日初めて聖壇に上がる青年部員の傍らに立ち、鐘の叩(たた)き方を丁寧にアドバイスする。「間違ってもええから、堂々と自信を持ってやろうや」。そう言って青年部員の背中を叩き、励ました。
練習中、木ノ下さんがつらそうに顔をゆがめ、腰に手を当てた。その場を離れると、通称「レスキュー」と呼ばれる鎮痛薬をバッグから取り出し、水筒の水で服用した。
がんはすでに、すい臓から肝臓、腰椎(ようつい)、腹膜にまで転移している。木ノ下さんは抗がん剤治療を受けながら、痛みを緩和させるモルヒネの一種を日に二度服用。それでも痛みのひどい時には「レスキュー」を使う。3日に一度は襲われる激しい痛みと脱力感。時には部屋中を転げ回ることもある。そんな状態でも、木ノ下さんはできる限り教会や会員宅に足を運ぶ。「家にいる方が体は楽かもしれんけど、サンガに会うと元気をもらえるし、心も立て直せるから」。
以前、野渡支部長に「お役を降りたい」と伝えたことがある。病状が進行し、支部壮年部長としての役割を十分に果たせなくなったからだ。その時、野渡支部長が言った。「お役は絶対、離さへんから。お役ができなくてもいい。そこにいてくれるだけでいい。部長さんは支部にとって掛け替えのない存在なんよ」。
「今思えば、支部長さんの言葉はとてもありがたかった」と木ノ下さんは振り返る。「お役があることで励みになるんやね。たとえ病気でも、笑顔もできるし、人に感謝の言葉も伝えられる。どんなことでも人を喜ばせることができるんやね」。
しばらく横になっていた木ノ下さんは、その後、聖壇裏の控室で壮年部員たちと教会発足60周年記念式典に向けた手どりの打ち合わせを始めた。自らに言い聞かせるように口を開く。「説法をすると決めた時、正直に言うと、ほんまにできるとは思わんかった。あと半年のいのちと、自分で期限を決めてたんやね。でも、何とかここまで来れた。いのちは自分で決めるもんやない。私たちは無常の世界に生かされている。この世にお役のない人はいない。今、与えられた中でそれぞれがそのお役をどう全うしていくか。それが何よりも大事やと思う」。
濱岡良之さん(40)=支部壮年副部長=はその言葉にじっと聞き入っていた。4年前に法縁に触れて以来、木ノ下さんに一つ一つ教えてもらいながら、職場や家庭の問題を乗り越えてきた。支部の壮年夜間法座に木ノ下さんを車で送る途中、いすを倒して苦しそうに横たわる木ノ下さんの様子を何度も目にしてきた。つらい体をおして仲間のために尽くそうとする姿に触れ、〈自分にできることを精いっぱいさせてもらい、人の善き縁となろう〉と誓った。
込み上げる思いを胸に、濱岡さんが言った。「部長さんもいのちがけで頑張っている。私たちも何もせずにいるわけにはいかない。一人でも多くの人の手どりをさせてもらわなくては」。濱岡さんの決意に応え、壮年部員たちは、「早速、部長さんの話をみんなに伝えたい」と確認し合った。

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「ごめん」から「ありがとう」へ

夜、木ノ下家の居間に家族の声が響く。午前零時を回ろうとしているが、3人の子供たちは誰も自室に行こうとしない。木ノ下さんが、がんを患って以来、以前にも増してみんなが家族の団らんを大事にするようになった。
木ノ下さんが病を患った当初、「こんなことになって申し訳ない」とわびる木ノ下さんに、妻の朝子さんが言った。「お父さん、『ごめんね』はもうやめよう。安心できる家族になるためにも、これからは『ありがとう』で生きていこうね」。一時はさんざん泣きはらした朝子さんが、心から伝えたメッセージだった。それまで後悔の念にとらわれていた木ノ下さんは、〈自分は多くの宝物に囲まれている。感謝で、前向きに生きよう〉と心に決めた。
当時、木ノ下さんは日記にこうつづった。
『今までの人生、よき教え、よき師、よき仲間に出会え、何よりも素晴らしい伴侶を得、そして自慢の息子と娘に恵まれ、本当に幸せでした。無念なのは、一番大切な朝子さんや真央、哲也、侑希を置いていく事。でも、この人生を確かなものとする為にも、残された人生を精一杯生きよう。自分で命を決めるのでなく、仏さまのみ心のままに、ともかく生きよう。これからの治療に不安と怖れがあるが、それでも、生き抜こう。家族の為に。みんなありがとう。そして、これからもよろしく』
長男・真央さん(27)=学生部長=は、木ノ下さんが病気になってから、「一秒でも長く父といたい。父の生き様を心に焼きつけたい」と思うようになった。二男・哲也さん(25)=中学部長=は「父の病を通して、サンガの絆を感じた。自分もそんな温かい触れ合いがしたい」と願う。看護師として働く長女・侑希さん(22)は、患者の家族の気持ちが分かり、温かい声がかけられるようになった。「今、父は生きている」。それがきょうだいの合言葉だ。

今、すべてが本当にありがたい

道場当番の翌日、涅槃会(ねはんえ)式典が行われた。会員を前に根本昌廣教会長が話す。「涅槃会は、人間として存在した釈尊が本仏、永遠のいのちに戻られた日です。私たちもみな、いずれは死を迎えます。しかし、たとえ肉体は滅んでも、永遠のいのちの絆で結ばれているのです。私たちのいのちの使い方が未来に責任を負います。奇跡のいのちを頂いたことに感謝して、今生きている限り、自分にできる布施行を精いっぱいさせて頂きましょう」。
「木ノ下さん、いますか? 今日も来てくれてありがとう。木ノ下さんに4月11日の大役を果たして頂きたいと私たちみんなが願っています」。立ち上がる木ノ下さんに、法座席から大きな拍手が送られた。
〈皆さんの思いをもっと真剣に受けとめなければ〉。木ノ下さんはそう心に刻んだ。昨年末、主治医から「4月までもちそうにない」と告げられ、落ち込んだとき、教会で前任の支部長に会った。弱気な心を打ち明ける木ノ下さんに、前支部長が叱咤(しった)激励した。「何言うとるん! 大丈夫に決まってるやないの。仏さまとの約束なんやから」。目の覚める思いだった。〈必ずいのちの説法をさせて頂く〉。涅槃会を機に、木ノ下さんは改めて自分に言い聞かせた。
60周年記念式典の実行委員長を務める巴孝予総務部長が話す。「式典まで2カ月を切ったとき、木ノ下さんのために私のいのちを60日削ってもいいと思いました。すると、一人の会員さんが『私が半分持ちます』と言ってくださったのです。さらにまたみんなが、『私たちが1日ずつ削ればいいやん』って。本当にうれしかった。一日一日真剣勝負をしている木ノ下さんを、みんながそれぞれの形で念じてくださっています」。
涅槃会式典後、西支部の法座では、サンガの熱い思いが次々と語られた。「毎朝、目が覚めるたび、『今日は部長さんどうやろか』と考えます。部長さんを思う皆さんの温かいご縁を広げていきたい」「4月11日は、地区でマイクロバスを満杯にして参拝させてもらいます」「兄が『ぜひ当日行かせて頂くと伝えてくれ』と言ってくれました」。
木ノ下さんはその一つ一つに真剣に耳を傾けると、最後に言った。「しんどい時や落ち込む時もあるけど、また立ち直れるのは皆さんがいてくれるおかげさま、教えのおかげさまです。今、すべてが本当にありがたい。一日一日に感謝して、これからも皆さんと一緒に修行させて頂きます。よろしくお願いいたします」。木ノ下さんの言葉に、また大きな拍手がわき起こった。

(2010.03.05記載)