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ゆめポッケ親子ボランティア隊同行ルポ・フィリピン


3月27日から4月2日まで「ゆめポッケ親子ボランティア隊」(隊長=番場康友札幌北教会長)の一行30人がフィリピン・ミンダナオ島を訪れました。身近なアジア地域で続く紛争に目を向け、傷ついた子供たちを勇気づけようと今年から新たなポッケの配布先となりました。一行は会員を代表してポッケを手渡すとともに、現地NGO(非政府機関)との交流を通して紛争の歴史や現状を学びました。



心のケアに取り組むMCLのサポートで

ミンダナオ島は「紛争の島」と呼ばれる。1960年以降、土地や自治権をめぐり政府軍と武装勢力のモロ・イスラム解放戦線(MILF)らとの武力衝突が相次ぎ、これまでに市民を含む12万人以上が犠牲となった。昨年8月にはMILFと政府の和平交渉が決裂したのを機に交戦が激化。現在、国内避難民の数は約38万人といわれている。
今回、ボランティア隊のポッケ配布をコーディネートするのは、現地で国内避難民などへの支援を展開するNGO「ミンダナオ子ども図書館(MCL)」だ。MCLは、紛争の影響で土地を追われた先住民族などが暮らす村で絵本や童話の読み聞かせを行い、傷ついた子供たちの心のケアに取り組む。また、紛争で親を亡くすなど家庭に問題を抱える子供たちのための福祉施設や奨学金制度の運営や医療活動も行っている。
ミンダナオの子供たちにポッケが届けられることについて、MCLの設立者である松居友氏(56)は「文房具やおもちゃをプレゼントされる喜びだけでなく、日本人が自分たちのことを思ってくれていることに心強さを感じると思います」と語る。
行程中、隊員の子供たちは、MCLの奨学生としてクリスチャン、ムスリム、先住民族ら異なった信仰や習慣を持つ65人が共同生活を送る宿舎に、同行した親と離れて2泊した。奨学生たちは皆、紛争で家族を失うなどさまざまな事情を抱えている。だが、そうした背景を感じさせず、戸惑い気味だった隊員たちを笑顔でグループの輪に導いた。T・Yさん(14)は「寂しさを知るからこそ、僕らがそういう思いをしないように気にしてくれていると思う。彼らの人を思いやる優しい心を見習いたい」と語った。子供たちと奨学生はすぐに打ち解け、時間を忘れて遊びに熱中した。バレーボール、縄跳び、ハンカチ落とし。夜になっても宿舎には元気な声が響いていた。

「ゆめ」を抱きしめた子供たち

3月29日午後、隊員たちは最初の配布場所であるプロックエイト村を訪れた。小高い山の斜面に集落を形成しているのは、ミンダナオの先住民であるマノボ族だ。もともとは別の土地で農業中心の生活を送っていたが、紛争によって土地を追われ、人の立ち入らない現在の地に移り住んだという。農地は痩(や)せており、住民の多くは外国人が所有するゴムやバナナなどの大規模農場で日雇い労働に就き、安い賃金で生計を立てている。ほとんどの家庭で日に1、2食の生活を送る。他の場所で紛争の影響を受けるのを恐れる彼らは、ここにとどまる以外に選択肢がないという。
隊員たちは松居氏から村の説明を受けたあと、集まってきた子供たちに日本での「ゆめポッケ」の取り組みを紹介し、配布を始めた。手渡された、ぎっしりと中身の詰まったポッケを抱きしめ、急いで母親のもとに駆け寄る女の子。仲間同士で中身を見せ合い、入っていたボールや縄跳びですぐに遊び始める活発な男の子のグループ。そんな子供たちを村の大人たちは柔らかな表情で見守っていた。
配布を終えた隊員たちはこのあと六つのグループに分かれ、ポッケを受け取った子供たちの家を訪問した。K・Aさん(37)、Mさん(11)親子はジョヴィ・マ・デリマさん(13)宅を訪れた。竹とバナナの葉で造られた広さ6畳ほどの高床式の家屋に家族8人が暮らしている。小作農として働く父親のヴィセントさん(42)の年収は約5000ペソ(約1万円)。家族が1日に2食を取るのがやっとだという。
Aさんがジョヴィさんの抱えるポッケを指差し、「一番のお気に入りはどれ?」と尋ねた。ポッケには鉛筆、消しゴム、ボール、縄跳びなどたくさんの"贈り物"が詰まっていた。ジョヴィさんは袋の中から取り出したカエルのぬいぐるみを抱きしめ、言った。「一人ひとりの手によってポッケが作られたと知り、日本の皆さんの親切さに心から感謝しています。大切にします」。その様子を見守っていたヴィセントさんは、「学校へは昼食を持って行かなければならないのですが、わが家では持たせてやることができません。そのため、下の子たちは学校を休みがちになっています。鉛筆などもなかなか買ってあげられない。子供たちにポッケをプレゼントして頂き、本当に助かります」と語った。

自然にタガログ語で"ありがとう!"

翌30日午前、隊員たちはピックアップトラック7台に分乗し、フィリピン最高峰のアポ山のふもとにあるウォーターフォール村に向かった。その名の通り、美しい滝のある村だ。ここにも、先祖代々の土地を追われ、移ってきたマノボ族が暮らしていた。
村でヘルスワーカーを務めるイザベリカ・サバスさん(49)は曇った表情で語った。「この村の就学児童30人のうち20人が経済的な事情で学校に通えません。食事も満足にできず、栄養不足による体力低下が原因で、この3カ月に5人の子供が亡くなりました」。
配布場所は村で唯一コンクリートが敷かれた広場だ。普段はコーヒー豆などを干すための公共の乾燥施設だが、そこに子供たちが列をつくり、隊員たちを待っていた。
「こんにちは」「どうぞ」「元気でね」。隊員たちは一人ひとりに英語、日本語、マノボ語で言葉をかけ、握手をしながらポッケを手渡した。その声に、緊張して並んでいた村の子供たちの表情も和らいでいった。
しばらくすると、隊員たちの口から「サラマッ」という元気な声が聞こえた。村の子供たちも知っているタガログ語で"ありがとう"という意味の言葉だ。「笑顔で受け取ってくれることがうれしくて、自然に言葉が出てきました」とK・Sさん(12)は話した。
配布後には、村人、MCLの奨学生、隊員たちがそれぞれの言葉で『幸せなら手をたたこう』を合唱した。別れ際、隊員たちは村中に響く声で「サラマーッ!」とあいさつした。その声に応え、村人たちは隊員たちを乗せた車が見えなくなるまで手を振って見送った。
娘のMさん(12)と参加したA・Cさん(34)はポッケ配布を終えて、「私は現地の子供たちに勇気を与えたいと思い、ボランティア隊に参加しました。しかし、MCLや村の子供たちが困難な中でも懸命に生きる姿から私の方がたくさんの勇気を頂いたように思います。今回、自分が感じたことをサンガにお伝えし、また、彼らのことを考えながらポッケの中身を詰めたいと思います」と語った。
最終日。隊員たちは、子供たちが置かれた深刻な状況について語り合うとともに、ポッケを受け取った子供たちの笑顔が、何よりも自分たちを幸せにしてくれたことをかみしめた。人の喜びが自分の喜び--。隊員たちは活動を振り返りながら、「一食(いちじき)を捧(ささ)げる運動」など、誰かのために自分ができることを続けていこうと決意した。

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MCLの奨学生とも交流を深めた隊員たち。「We are one family」と言葉をかけ合って別れを惜しんだ(MCLの宿舎で)


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「日本の人たちにありがとうと伝えたい」。ポッケの感想を尋ねると、全員が感謝の気持ちを口にした(プロックエイト村で)


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村人たちは皆、山の斜面に建てられた高床式の家屋で暮らしている(プロックエイト村で)


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MCLの奨学生たちが主催する「平和の祈り」に参加し、読経供養を行った(MCLの集会場で)


(2009.04.17記載)