友だちから学び、友だちの喜ぶことをすることで
必ず自分の人生が変わる
中高生のみなさんにとって、「友だち」とはどのような存在でしょうか。
気の合う人、一緒にいて楽しい人、自分が困ったときや悩んだときに相談に乗ってくれる人など、その答えはさまざまでしょうが、ほとんどの人が「友だちは大切」と思っているのではないでしょうか。
以前にもお話ししたことがありますが、私は高校1年生の春休みに青梅練成会に参加したことが人生の大きな転機となりました。特に練成会のなかで「人間は意識しないと自分中心に生きてしまうものです。だからこそ、意識して人さまが喜ぶことをさせていただくことが大切」と教えていただきました。
その練成会の直後、高校のテニス部で私とペアを組んでいた友だちが転校することになったのです。そのとき私は、その友だちのために何か自分ができることはないかと考え、クラスの友だちに呼びかけて送別会を開いたのです。
私はとにかく転校してしまう友だちに喜んでもらいたい一心で、思い出に残る送別会にしようと一生懸命でした。その結果、友だちが喜んでくれただけでなく、送別会をきっかけにして、それまでバラバラだったクラスが一つにまとまっていったのです。
青梅練成で教えていただいた「人さまが喜ぶこと」を実行させていただいたことによって、「人の喜びが自分の喜び」という感動を味わうことができたのです。
私たちは鏡を見なければ自分の姿が見えないように、友だちとの関係のなかで自分自身を知ることができます。たとえば、背が高い友だちと比べて自分の背が低いことがわかるということです。
もちろん、人と比べることで優越感や劣等感を持つということではありません。勉強でもスポーツでも友だちの姿や行動を見て、「自分はまだ努力が足りないな」とか「いま以上にもっとがんばろう」と、いまの自分がわかり、成長することができるということです。
私たちは身近な存在である友だちがいるお陰で、いろいろなことを吸収し、学ぶことができます。そして、友だちが喜ぶことをすることによって、その分だけ自分が成長・向上できるのです。
仏さまの教えでは、よき友を持つというのは仏さまの道を一緒に歩む有り難い仲間を得ることであり、素晴らしい人生を送るために大切である、と教えています。学校やクラブ活動などをとおして、友だちと切磋琢磨し合うとともに、友だちに喜ばれる人間になると、必ず自分の人生が変わっていきます。
合掌
『すこぶ~る』17号 より
(09.11.24 update)