軽4支部長のつかずはなれず

2020年8月14日

お当番って。

 

今、教会では役員や主任さん達が定期的に交代で、午前中だけお当番をしています。

 

以前のように、洗濯をしたり、お風呂掃除をしたり、布団を干したり、食事の用意をしたり、ということはありません。

 

主任さん達からは、色々な声が聞こえてきます。

このままでいいんじゃん?的な。

楽になっちゃったし。

楽を知っちゃったし( ̄▽ ̄)

 

主任さん達は、地区の皆さんにお当番に出てもらうために、ものすごく苦労してるんだなーと改めて思いました。

とにかく、仏さまの本願よりも、「お当番に出てほしい願い」の方が先に立ってしまうくらい大変なんです。

 

あ、言っていいのか? こんなこと(笑)

 

ところで、私たちは入会当初(私の場合ものすごーーく前)は、先輩幹部さんから、お当番に来ると幸せになれるよ、とか、トイレ掃除をすると器量のいい子が生まれるよ、とか言われて素直に実行したものです。そんな時代でした。

 

時が経ち、色々学んでいくうちに、私は、そういう言葉は仏道を歩んでもらうための方便のひとつなんだとわかりました。

 

そして実際に、当番をすることでたくさんの気づきをいただいたので、私は「お当番に来ることが最高の実践行」と思い、若い人や悩みをもっている人にも自信を持って、お当番サイコー、ということを今まで伝えてきました。

 

で、このたびのコロナウィルス。

パタッとお当番修行が出来なくなってしまいました。

 

このままでいいんじゃん?的な声に、半分「そうだよねー」と感じつつ、当番修行に対する自分の考えも少し変わってきました。

 

今まで、お当番に来ることイコール幸せへの道、という考えでみんなを動かしていたのかもなー、と反省してます。

 

ちがうじゃーん。

 

当番出来ないと幸せになれない、なんて、誰が言ったんだー!

 

誰も言ってなーい!

 

当番に来ると幸せになれる = マル。

当番に来ないと幸せになれない = バツ。

 

仏道の歩み方は人それぞれ。目を凝らし、耳を澄ませば、今、この環境の中にその道が無数にあると教えられていたのに、「幸せになる当番」という形に凝り固まっていました、私。

 

あー、今後の伝え方を考えよう。幸せへの道。

 

 

 

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