軽4支部長のつかずはなれず

2019年6月3日

周年はすごいぞ! その1「みんなつながっていた」

 

教会の地区体制が何度か変わり、それに伴って手どる人も徐々に変わっていったうちの教会。新しい縁で出る人、出て来なくなった人、そういうのってどこにでもあるよね。

 

60才過ぎたその壮年さんは、出て来なくなった人。

 

もともとお母さんが熱心な方で、その人も昔は青年部活動をやっていたんだ。

でもお母さんが亡くなり、お父さんの介護をしながら、その人は独身のままひとり暮らしになった。

いつしか教会にも来なくなり、20年近くの時が流れて、その間、退会もした。手どりに行っても留守。庭の草も伸び放題。人づてに、住んでいるのかどうかも分からない、とも聞く。

 

そんな時、周年のため(笑)、教会全体がタテヨコ斜めの手どりを展開。ある主任さんが、最近その人の名前を何度か耳にし、その人のお母さんに大変お世話になったこともあり、どうしても気になって、地区を超えて手どりに行ったんだ。

 

何度かピンポンを押しても返答がない。やはりいないのか、とも思ったけど、ピンポンが壊れていることに気づき、庭に回ってドンドンドンと窓を壊れるほど叩き(笑)、「◯◯さ~ん!」と呼んでみた。そうしたらなんと、奥から返事あり!

びっくりされたようで「どうぞ上がってください」と言われ、ご宝前にお参りさせてもらうと、お花も飯水茶もきれいに整えられていた!

たまに手どりはされているそうだが、周年の話は聞いていなかったらしい。懐かしい顔に和み、昔話をひとしきりすると、周年には是非行かせてもらう、という返事をもらった。

 

ポイントは、主任さんが10年以上耳にしていなかったその人の名前を、最近何度か耳にした事で、どうも気になるなー、と心に残ったこと。

そして、サンガと共にすぐに訪ねたこと。そしてそして、ピンポン押しても出て来なかったのに、諦めずに窓をドンドン叩いたこと(笑)

私に手どりの様子を報告してくれた主任さんは「周年には、亡くなったお母さんにも一緒に来てもらいたいと思って」と、目にうっすらと涙を浮かべていました。いつも元気で豪快な主任さんなのに泣くんだ。

みんなエライね~(/ _ ; )

(2019.6.3)