生きるヒント

「苦」は「智慧」の湧く泉

西行法師は「こりもせず うき世の闇にまよふかな 身を思はむは 心なりけり」と嘆き、欲望にとらわれ、ふりまわされて苦しむ私たちに、「どうしていつまでも大事なことに気づかず、心を改めないのだろう?」と投げかけています。

その大事なこととは、直面した「苦」を「苦しみ」へと増長させるのではなくて、「苦」との出会いは「智慧」に目ざめるチャンスでもあると気づくことです。

苦しみや悲しみ、怒りやつらさにもつながる「苦」も、そこに感情をまじえなければ「無記(むき)」、つまり善でも悪でもないのですから、それをどのように受けとめ、制御するかで、その後の人生に大きな違いが生まれてきます。(中略)

「苦」から逃げずに、それをそのまま受け入れる覚悟ができると、その「苦」は「智慧」の湧き出る泉ともなります。

私たちが本来もっている「智慧」がはたらきだすには「苦」が必要だったと受けとれば、「苦」は楽しみに向かう大切な道しるべとなり、その「苦」も抜き去られるのです。

これが、「苦」があっても苦しまない生き方といえるでしょう。そしてそのことを、仏教では四諦(したい)の法門など数々の教えで伝えています。

ただ、それらを学んでも、私たちはいざ苦に出会うと悩み苦しむのですが、それでもいいと思うのです。

苦しい思いをしなければ、仏さまの教えという「幸せにつながる道」を歩んでいないかもしれないのですから。(原典 : 「佼成」2019年5月号法話)