生きるヒント

◆ 九州で一人暮らしの母。今後の世話や介護どうしたら……。(42歳・男性)

東京で妻と子供と生活しています。昨年、九州に一人で暮らす70代の母親が腰の骨を折って入院しました。無事退院し、これまでの生活をおくっていますが、以来、今後の親の世話や介護について考えることが増えました。経済的な面を考えると、Uターンは難しいのが実情です。以前、病気などとは関係なしに、母に東京での同居を持ちかけたことがありますが、「気持ちはうれしいけど、不慣れな東京での生活は大変」と言われました。

今後について、なかなか結論は出ません。家族と話し合いもできていません。いざという時のために、これから備えておくべきこと、またどんな心構えをもっておくべきかを教えてください。

◇回答者 川端健之

上京して生活する地方出身の方々にとって、離れて暮らす親の世話や介護は共通の心配事でしょう。仕事や生活、さらに経済的なことを考えると、壮年期に出身地に戻るのは相当の決意が要ります。

 

また、高齢者が長年住み慣れた地を離れ、東京で暮らすことに不安を抱えるのも当然だと言えます。家族それぞれに事情があり、八方塞がりだと感じてしまうあなたの心情はよく分かります。

 

江戸時代の戯れ歌に次のようなものがあります。

 

「幸せは弥生三月花の頃 おまえ十九で わしゃ二十歳 死なぬ子三人 親孝行 使って減らぬ金百両 死んでも命があるように」

 

無常の世で、叶うことのない庶民のはかない願いを歌ったものです。この歌のように人は環境や条件が自分の思うようになれば何の苦もなく、楽しく生きられると考えがちです。しかし、現実には悩みが尽きることはありません。

 

あなたに今、真っ先に求められるのは環境や条件に目を奪われるのではなく、ご自身のものの見方、発想の原点を見つめ直してみることだと思います。

 

私たちは人と人との出会いの中で、いわば縁の中で生きています。縁とは不思議なもので、「思えば思われる」と言われるように、こちらの心情は必ず相手の気持ちに共鳴します。こちらの思いによって相手の感情、そこから生まれる人間関係、その後の状況はどのようにも変化していくのです。

 

相手を思う強い気持ちがあってこそ、相手もこの人の幸せのためだったら、自分も努力を惜しまないという気持ちになります。一方、自分の都合を優先する人は、なかなか周囲から歓迎されないものです。人間関係の中で問題が生じた場合、自分の都合は二の次にし、相手の立場、願いに立って考えてみることが大切です。信頼が築けた時、よりよい解決が生まれます。甘えの出やすい夫婦や親子といった家族ほど、特に自らの心のあり方が問われてきます。

 

ご相談を拝見し、自身の仕事、築いてきた生活の基盤などあなたの事情は理解できます。しかし、自分の条件を優先してきた面はなかったでしょうか。大事なのは、お母さんへの気持ちです。母親の願いは何かを知り、その願いを叶えるためだったら、自分は全力を傾けて実現のために努力してみようという心が、どれほどあったかを考えてみてください。<自分の都合は後回しにしてでも、100%母親の立場で考えてみよう>。解決への道はそこから始まるのだと思います。

 

お母さんにとって、母の願いを全力で叶えてくれようとする子供の存在は心強いものです。自らの都合は後回しにしてでも、母親のために尽くそうとする子供を持てたことだけで幸せな気持ちに包まれます。そうした母親から出てくる言葉は、あなた方を気遣うものであるに違いありません。お互いを思いやる心があっての話し合いによって、ご家族にふさわしい解決策が導き出されるはずです。

 

「東京に住む」「実家に暮らす」、そのどちらか一方に幸せがあるのでしょうか。家族一人ひとりの心に、互いを思い合う気持ちがあるところに本当の幸福がある。私はそう信じています。

 

そして、もう一つ忘れてはならないことがあります。あなたが「母の願いを叶えてあげたい」と言ったとき、奥さんが「応援します」と言ってくれるかは、あなたが日頃、奥さんにどんな思いを寄せているかにかかっています。

 

まず人さま--家庭で見せるあなたの言葉や姿勢が将来を明るいものにしていくと思います。