大聖堂ライブ配信

2020年7月15日 盂蘭盆会

会長 庭野日鑛

 

「盂蘭盆会(うらぼんえ)」にあたりまして、ひと言、お話を申し上げてまいります。

 

先ほどの回向文(えこうぶん)では、目連尊者が、お母さまの青提女(しょうだいにょ)を救う説話が引用されておりましたが、私たちにとりましては、祖先の御霊(みたま)を死後の苦しみの世界から救済することが、「盂蘭盆会」の発祥であるということです。

 

この「盂蘭盆」という言葉には、「逆さ吊りの苦しみ」という意味があります。結局、私たち凡夫は、顚倒(てんどう)の衆生と言わるように、物事を逆さまに考え、そして苦しんでいるという意味もあるようです。

先ほど、回向文の中でも述べられていましたように、そうした私たち、さらには先祖の皆さま方が、仏さまの教えによって救済されるようにと、今日、この「盂蘭盆会」の法要をさせて頂いたわけであります。

 

今年は、コロナウイルス等の関係で、いろいろなこと(教団や教会の諸活動)が行われずにきました。私は、家でいろいろと過去のことを思い返していましたが、特に疎開していた(新潟県)十日町・菅沼での「盂蘭盆会」の頃のことを思い出しておりました。

 

おとといの13日は、迎え火の日でしたから、我が家でも、門前で麻幹(おがら)を焚いて、お迎えしました。田舎でも、何軒かの子供たちが集まって,村の方々(ほうぼう)で迎え火をしました。その迎え火の時に、歌をうたうと申しますか、こんなことを言うわけであります。

 

「ほつけたち ほつけたち このあかりについて じいさもばあさも みんながござーれ ござーれ」

 

この「ほつけたち」というのは、「ほとけたち」だと思います。幼い時の私の耳では、「ほつけたち」と聞こえました。田舎では、麻幹ではなく、焚いた藁(わら)を持って歩いて、「ほつけたち ほつけたち このあかりについて じいさもばあさも みんながござーれ ござーれ」。まあ「おいでください」と迎え火をするわけであります。

 

送り火は、16日に行われます。その時も同じように歌をうたいますが、最後のところだけが違います。

 

「ほつけたち ほつけたち このあかりについて じいさもばあさも みんなが いきなーれ いきなーれ」

 

「行きなさい(いきなーれ)」ということで、お送りしたわけであります。十日町にまいりますと、「キナーレ」(越後妻有交流館キナーレ)という施設がありますけれども、「みんなが来てください」という意味ではないかと思います。

 

とにかく、そういう田舎のお盆のことが思い出されました。迎え火、送り火、そしてお盆の15日には、菅沼の鎮守さまにみんなが集まって、盆踊りをしました。子供の頃、あの菅沼の諏訪神社の庭は、とても大きいような感じがしましたけれども、そこで特に青年が中心になり、輪になって、歌をうたいながら盆踊りをしました。

 

盆踊りの歴史を調べてみますと、だんだんと変化をしてきているようです。仏教伝来後、お盆の儀式として行われたり、そののちには、民衆の娯楽として発達をしたりしてきたということであります。

踊り方にも、丸く回って踊る円舞式と、まっすぐ行進して踊る行進式とがあるようです。菅沼では円舞式、丸い輪になって、踊りながら回っていたことが思い出され、本当に何か田舎のお盆がとても懐かしい感じが致しました。

いまは、そういうことが、だんだんとなくなってきていると思います。特に都会では――もちろん佼成会の看護学校(佼成看護専門学校)の駐車場あたりでは、盆踊りをしているようですが――町内で踊るという風習と申しますか、そうしたことがあまり行われていません。

 

田舎でのお盆は、子供心にも、とても楽しい、嬉しいものでした。大人も、みんながお百姓さんですから、普段は田畑の仕事で疲れていて、ちょうどお盆に休みが取れて、いろいろなご馳走も食べられるということで、一息つくことができました。とても楽しい行事でしたが、もちろん亡くなった方々への供養ということで、お墓にはお餅をお供えしました。

 

13日の夕方、お餅をお墓に持って行って、お供えすると、すぐ子供たちがそこに行って、パっと取って、食べてしまうのです。それがまた面白く、昔のお盆というのはとても楽しかったし、嬉しいものでした。そんなことをいろいろと思い出しながら、迎え火をさせて頂いたわけであります。

 

私たちは、そうしたご先祖さまへの供養、また新盆を迎えた方々への供養、そうしたさまざまなことを通して、「盂蘭盆会」という大事な儀式をさせて頂いたわけであります。

 

さて、お釈迦さまも人間でありましたから、私たちと同じ心を持っていて、その心を本当に全部使い切ったと申しますか、全機したと申しますか、そういう大きな心になられたのであります。ですから、私たち一人ひとりの人間にも、本来、お釈迦さまと同じ心、精神があることを信じていく――それが信心、信仰であるということです。お釈迦さまのお心、仏さまのお心を信じ、また自らの心を信じて、精進をさせて頂くことが、私たちの信心、信仰の活動であると思います。

 

その意味で私は、日本の道元禅師が、お釈迦さまのお心に沿う大変大きなお心であることを学んでまいりました。本当に素晴らしいと思います。

 

道元禅師という方は、何を見ても何を聞いても、それが「自分自身」であることを感じられたというのであります。「己れ自ら」であることを感じられました。私たちは、「自己」と「他人」とを、かっきりと区切って感じております。私たちが「他人」と呼ぶところを、道元禅師は「他己(たこ)」と呼ばれた、「他の己れ」と呼ばれたというのであります。他は他でありますけれども、それがそのまま「己れ」として感じられて、その喜びも悲しみも「己れ」の喜び、「己れ」の悲しみなのであります。大宇宙にいかなることがあっても、そのことごとくが自分自身の問題であるのであります。尽十方(じんじっぽう)世界・自己の全身という禅語がありますけれども、禅師は人間の本当の生活はそういうものであると申されているわけであります。

 

私たちも、本当に「己れ」と「他人」を分け隔てるのではなく、全てが自分自身の問題なのだという大きな心、大きな精神を持った人間に成長する、あるいはそれを信じて精進をしていく、という信心の生活、信仰の生活を、いまさせて頂いているわけです。前人(ぜんじん)、仏さまやいろいろな聖なる方々の言葉を通して、そういう心になれるように、お互いさまに信仰活動、信仰の精神を忘れないで、精進をしてまいりたいと思っている次第であります。

 

いま日本では、コロナ禍(か)と梅雨時の豪雨の影響で、大勢の方々がお亡くなりになっています。お盆になって、そうした方々の御霊が安らかになるように、お互いさまにお祈りをさせて頂いたのが、先ほどの供養でありました。

 

私たちは、いまコロナの問題に対して、どうしたらいいのかと一所懸命になっておりますが、そうした中で、『朝の詩』(産経新聞・5月25日付)に樫原智子さんという方の詩が載っておりました。『夜道』という詩です。

 

あっ、お月様!

今晩は。

お久し振りです、と

月に挨拶したら

誰でしょう、とお月様

あっ、そうか!

一日中つけっぱなしの

マスクを外して

見上げたら

今晩は、樫原さん

お久し振りです、と

夜道を一層

照らしてくれた

 

「こんばんは」と言われても、マスクをしていると誰だか分からない。マスクを取って、お月様が、やっと分かったという詩です。私も日ごろ、散歩をする時は、マスクをしていますが、歩いている時は鼻までふさぐと苦しいですから、鼻は出しておいて、人が来ると、ちょっと上げたりして散歩をしています。マスクをしている人と会っても、目を見ているだけという感じがします。この詩は、そうしたことがよく表れていて、とても面白いと思いました。新聞で目につきましたので、ちょっと紹介した次第であります。

 

私も年を取ってきて、朝早く目が覚めてしまいます。ですから、書物を開いて、いろいろ学ぼうとしております。人間が本当に活きる時間、人間を本当に活かす時間は、朝だと言われています。本当の朝というものを持たなければ、一日がだめになってしまうとさえ言われています。

 

人間は、寝ている間に、昨日までのいろいろなことを忘れてしまうのだそうです。朝は、スカッとした頭で起きますから、読んだものがスッと入ってくる。大事な本、本当に熱心に学んでいる本は、朝のうちに読んでおくといいということであります。朝、昼、晩とあるように思いますけれども、学ぶ姿勢、学ぶ態勢が一番良いのが、朝の時間だということです。

人によっては、皆が寝静まり、周囲が静かにならなければ、仕事ができないという人もいるようですが、大体の人は、朝、目が覚めた時が、体の状態、脳の状態が一番良いのだそうです。朝の時間を大いに活用して、しっかりと学ばさせて頂くことが大事だと思います。

 

先ほど、詩を紹介しましたが、これはエッセー(産経新聞・6月17日付、朝晴れエッセー)としてまとめられたものです。ご自身のおばあちゃんが、毎朝、お日様に手を合わせて、お願い事をされていたそうです。小学4年生の頃の思い出ということです。

 

「みんな元気なのも、お天道(てんとう)さんのおかげじゃ」と、今日一日、家族の無事を祈っていた背の丸くなったばあちゃんの姿が忘れられない、と述べられています。そして、おばあちゃんは、「朝という字は十月十日(とつきとおか)と書く。子供がお腹にいるのも十月十日じゃ、朝がくる度に生まれ変わって、その日が生まれ新しい朝を迎えるんじゃ。今日がはじまる朝がいちばん大事じゃ」。こう言っておられたということです。この方は、「小学4年生で初めて知る十月十日の意味だった」と書いておられました。

 

私たちは、お日様のお陰さまで生かされています。どんなに科学が発達しても、太陽がなければ人間は生きていられません。もちろん空気もなければ、水もなければ、生きていられません。私たちのいのちの根源は太陽でありますから、朝早く起きて、日の出を拝んだり、一日の無事をお願いしたりすることを、昔のこととして笑っていないで、本当にその気になって、本当にそうだと受け取って、朝のひと時を大事にしていくことが、一日を大事にする、そして一生を大事にすることにつながっていくわけであります。

 

私たちは今日、こうして「盂蘭盆会」をさせて頂きました。会員の方々もなさっておられるのではないかと思います。本部では、こうして私の目の前には誰もおられません。こういうことは、初めての経験です。こうして今日は、初めての経験の「盂蘭盆会」法要をさせて頂きました。また、拙いお話も申し上げさせて頂きました。

 

まだまだ梅雨が明けませんから、今日、雨が降っているところも多いと思います。本当に私たちは、そうしたことに最善の心を向けて、コロナ禍、あるいは豪雨禍に負けないように。負けないと申しましたが、もちろん人間の力は、大自然の力にはとても敵いません。私たち生きるものの一番の根源である光、太陽の力、そうした大自然がいかに偉大であるかということも、またしっかりと認識させて頂いて、信仰の道を歩み、世界の平和のために精進をさせて頂きたい。そのように思った次第であります。

 

以上を申し上げまして、今日の「盂蘭盆会」にあたっての私の話を終えたいと思います。

誠にありがとうございました。