大聖堂ライブ配信

2020年10月1日 体験説法

管財施設グループ 中越 康裕

 

皆さま、お願いします。

 

私は、今から53年前の6月15日、佼成病院で産声を上げ、人間としての第一の誕生を迎えました。

 

佼成会とのご縁は、生まれつき病弱であった私が、両親の入会のきっかけとなりました。両親は喘息の治らない私を憂いて、都内の病院を駆けずり回ったそうですが、一向に治る気配はなく、途方に暮れていたとき、当時、所属する杉並教会の支部長さんにご指導を仰いだところ「空気の綺麗な多摩の調布市に引っ越しなさい」とのことで、両親は引っ越しを決意しました。それ以来、私の喘息は完治して50年間調布市に住まわせていただいております。

 

人生の転機は25歳の時。建設会社に就職して1年が経過。私は体調を崩し数か月の入院生活を余儀なくされました。そして退院当日、何とビックリ。当時の富澤主任さんが花束を持って私の前に現れたのです。主任さんはいつも飴やミカンなど様々なものが出てくるカバンをお持ちで、私にとってそのカバンは子供の頃にテレビで見たドラえもんのポケットのようでした。主任さんは満面の笑顔で「退院おめでとう。中越君の人生、これ以下はないから後は登るだけだよ」と語りかけてくださいました。この魔法の言葉は、この先真っ暗な私の人生に対して、まるで夢を叶えるドラえもんのように灯を与えてくれました。

 

またある方から「あなたが入院している間、富澤主任さんは毎日あなたの回復を祈って100円のお通しをしてくださってたのよ」と聞いた時、これまでの人生で味わったことのない大きな感動に包まれました。これを機縁に調布教会の青年部活動に通うようになりました。人に祈られた体験が自分のエネルギーとなり、新たな一歩を踏み出すことができました。

 

このご縁が私の第二の誕生、仏さまに帰依する人生に誘う一大事であったのです。その当時、仕事の方はお世話になった建設会社を退職し、工務店を経営する父親に頭を下げて大工の道を志すことになりました。5年間の厳しい小僧期間を経て、資格も取得することができ、30歳で住宅一軒を請負えるまでに育てていただきました。

 

その間、厳しさに耐えられず何回か辞めようと思ったときもありましたが、その都度、開祖さまのお父様が開祖さまに掛けられたお言葉「なるべく暇がなくて、給料は安く、骨の折れる所へ奉公しなさい」をひたすらに信じ、私を踏みとどめてくれました。

 

その後、平成8年に青年部活動で知り合った妻と結婚のお手配をいただき、平成15年に青年男子部長、平成19年に青年部長のお役を拝命し、数々の活動を通して沢山の感動感激を味わいました。その間にありました体験についてふれさせていただきます。

 

平成17年の10月12日早朝、建設現場の3階に向かって梯子を駆けあがり、作業の準備をしようとした矢先、体のバランスを崩して3階から1階のコンクリート目掛けて頭から転落してしまいました。一瞬の出来事でした。頭がフラフラする中で立ち上がると「親方、動いたら駄目ですよ。救急車を呼ぶのでじっとしていてください」と3階から共に働く職人さんの叫ぶ声が聞こえました。その時、ふと足元を見ると、どんぶりを逆さまにしたような血の固まりがあり、これは大変なことが起きたと思うや気を失いました。目が覚めるとベッドの上でした。

 

その後、当時の野田教会長さんと富澤支部長さんが病室に入ってこられました。お二人のお顔をみるなり涙が止まりませんでした。お顔を見るだけで涙がとまらなくなる存在っていったい何だろう。これまで、このお二人にかけていただいたお慈悲。脱線しがちな私を何度も何度も仏さまのレールに乗せてくださったことが思い出されました。

 

そして教会長さんは「今日は10月12日だけど思い当たることはある?」と私に尋ねられました。私は「今日は四国の石鎚信仰を熱心にされて神仏の不思議な世界に私を導いてくれた父方の祖父の命日です」と答えました。

 

すると教会長さんは「病院の先生と看護婦さんから聞いた話なんだけどね。あなたのこと不思議な人だと言ってたよ。3階から転落した頭の衝撃からすると頭が割れ脳みそが飛び出して即死だそうだよ。頭蓋骨陥没骨折で済んでいるということはどこかでワンクッションして頭を打ったと考えられるんだけど、あなたにはその外傷がないんだって。さっき尊敬するおじいちゃんの命日と聞いて、私は昔幹部さんから教えていただいた言葉を思い出したの。それはね、ご守護は光より速いという言葉なの。私たちは日ごろの生活で買い物とか料理とか何か目的を果たすには時間が掛かるんだけどご守護って光より速いんだって。おじいちゃんがスッと手を差し伸べてくださったのかもしれないね。とにかく今夜は開祖さまを念じましょう。いい? 何度も何度も開祖さまを念じるのよ」と私の手を強く握ってくださいました。そして私は開祖さまを念じ続けました。

 

しばらくすると、個室から医療機器のランプが点滅されるだけの暗いICUの大部屋に移されました。その晩、両隣の男性のうめき声が耳に響いていたことが記憶にあります。翌朝、目を覚ますと左側のベッドに人はおらず看護婦さんが慌ただしい様子でベッドを整えていました。そして右側のベッドには花束が置かれていました。

 

私はこれまで佼成会で生かされている命と何度も教えていただいて参りましたが、この時ほど、生かされている命なんだと実感したことはありません。貴重な人生の1ページとなりました。

 

ときを経て、平成21年、野田教会長さんが退任されるひと月前に教会長室に呼ばれました。お部屋に入ると「これまであなたには何度か本部に奉職してみないと声を掛けたけれど、最後にもう一度言うよ。奉職することがあなたの天命だよ」と言われました。この天命という言葉にビビットきてしまいました。

 

そして平成22年11月21日、本部に奉職のお手配をいただき管財グループに配属となりました。その翌年3月11日、東日本大震災が発生し東日本教区を駆けずり回りました。その中でも津波で流された釜石教会大船渡道場と大槌道場の新築工事のお役をいただいて、父から厳しく仕事を教えていただいた体験が生かされました。また、これまでのキャリアが会員さんの喜びにつながったことを父は大変喜んでくれました。

 

その後も本部施設、全国の教会道場の維持管理の業務をさせていただき、おかげさまで今年10年目となります。その間、全国の布教拠点で数々の教会長さんや総務部長さん、会員さん方とご縁をいただき、その時々出会った信者さん方から素敵な言葉をいただいてまいりました。その中でも、自分が苦しい時やピンチの時、毎日変化する喜怒哀楽の感情をいかにコントロールするべきかを教えてくださったのが、当時の菊池宏枝管理部長さんでした。部長さんのお言葉を野球のボールに例えると時には理路整然としたストレート、時には少女のように優しく甘いドローンカーブ、時には胸をえぐるような男勝りのかみそりシュート等々変幻自在の方便力でした。常に変化する私の心を見抜かれたそのお言葉は理屈抜きに素直に私の心のミットにおさまりました。

 

いくつかその具体的な事例をオープンにいたしますと、部長さんと初めてご縁をいただいた時に「私たち本部の職員は業務を通して菩薩行をすること。自分が教えを実践すること」というお言葉でした。背中に魂を入れてくださいました。

 

また、あるとき私が悩み落ち込んでいたときには「悩みは大事よ。悩みぬいたその先にはからいがあるのよ。どうにもならない現象をいただいたときこそ、いま味わうべき仏さまのお慈悲があるからね。中越さん。現象は変えるものではなく現象に対しての受け止め方を変えるのよ。何てったって悩みの正体はあなたの受け止め方なんだから。中越さんも苦しいかと思うけどあなたの周りにこういう人はいませんか。何でこんなに苦しい境遇なのに明るく楽しそうに生きているんだろうと思うような方。そういう方はね、まず人さまで動いている人なのよ。これが法華経の大きな功徳なのよ」と私のとらわれをほぐし、この先の道標をくださいました。

 

また、私の出張帰りの報告で「特に問題無く教会との打合せができました」と申し上げると「課題が見出せなかったのね。教会の皆さまとの出会いは仏さまのおはからい。様々に現象を通して私達を導いてくれている。課題が見えることは仏さまの気づきをいただいたことになる。自分のジャッジで会議を進めて問題無いは仕事したことにはなりません。どこまでも謙虚に下がって教会の皆さまから教えていただく心を大事にしなさい」と私の我の破折と謙虚さの求道という転ばぬ先の杖をくださいました。

 

また、私が苦手な人に頭を下げられない時には「腹黒いものを持ちながらも頭を下げようとすることが尊いのよ」と自己肯定の大切さを教えてくださいました。菊池部長さんからいただいた数々のお言葉を総まとめすると「業務は一人の布教者として自分の心と行いを整えていく。相手や条件を変えようとするのではなく自分が変わることに期待する。それは自分の切り替わった性の如く自分が自分の人生歩んでいく」というものでした。これらたくさんの方々からいただいた魔法の言葉やご法のお守りを両手に携えてご縁ある方々にお伝えしています。こうしてサンガと因果の道理を求め分かち合えていける人生が本当に幸せです。

 

最後になりますが、教団基本構想の中で、光祥さまは「立正佼成会の教えは苦をなくすためのものではありません。苦をきっかけにして救われていく教えです」と教えてくださいます。これを自分の人生と重ね合わせると大変深く心にしみました。また、会長先生は「時代性などを踏まえて変えるべきところは変えていく。それは維新、絶えざる創造」とお示しくださいました。

 

このお言葉を胸にできない理由を探さない変われる自分に期待して、周りの方々に喜んでいただける人間に成長していくことをお誓いいたします。

 

皆さま、ありがとうございました。