大聖堂ライブ配信

2020年10月15日 釈迦牟尼仏ご命日

会長 庭野日鑛

 

皆さま、おはようございます。

 

10月の15日、釈迦牟尼仏ご命日、布薩の日でございます。今日は、只今、中央学術研究所・学術研究室室長、相ノ谷(修通)さんの体験説法を伺うことができました。先ほどもお聞きになったと思いますが、相ノ谷君のお父さんは、節分でのコントで鬼の役を30年も務められたということです。私もお父さんとは、ずっと会っていたことになります。そういう人の息子さんとは知りませんでした。面白いご縁であると思います。学林を卒林され、アメリカに留学し、博士号も取得された方ですが、いろいろな悩みがどこからきているかをご自分でしっかりと受け取りながら、今日まで精進をされているという本当に素晴らしいお説法を伺うことができました。

 

私たちは、今年のコロナ禍の中で、いろいろと心配なことが多かったと思います。日常の生活の中でどういうことをしたら人間は元気で生きていけるのかを、今年ほど考えてみたことはなかったのではないかと思います。

 

昔から「日用心法(にちようしんぼう)」ということが言われています。

私たちは、暮らしの中で、起居(ききょ)、起きたり、寝たりし、その間に飲食をしたりしています。その中で、毎日毎日、同じことを元気よく繰り返していくことが、大事であるわけであります。「日用心法」は、私たちがいかに生きるかということを教えてくれているのであります。

 

若い頃は、あまり感じませんでしたが、「光陰虚(むな)しくすべからず」「光陰矢の如(ごと)し」と言われるように、日にち、日時は、早く過ぎてしまうということを、私はいま、盛んに感じます。そうした中で、自分が毎日毎日、どういうことを繰り返していったら、元気になれるのかを考えるわけであります。

 

いつも申し上げておりますように、私は、いま80歳を超えて、朝早く目が覚めますから、まず朝起きて、自分の好きな愛読書を読んでいます。自分が本当に感激するような愛読書を持つことは、とても大事なことであると思います。現代人は、そうした愛読書を持つ人が少ないのではないかと言われております。

 

自分が本当に感激をして、自分の心も清らかになって、そして自分の肉体、血液なども清くなるのではないかと思われるような愛読書を朝早く起きて、読んでいると、何か本当に元気になることができます。そのように夢中になって読む愛読書をまず持つことが、「日用心法」の中でとても大切なことであると、私はいま、つくづく感じているところであります。

 

もちろん、私たちは法華経の信仰者ですから、読誦修行も大切なことに違いありませんが、いつも自分が感動する、感激する、そして自分の心を本当に養ってくれる愛読書を持つこと。いつも手元から離さず、それを読むことによって元気になっていく愛読書をお互いに持つことが、「日用心法」の中で大事なことだと思います。そうした日々の生活の中で、実際に行われることが、人間を元気にしていくもとではないかと思います。

 

家内も私と同じように起きて、特に暑い時は、朝早く散歩に行っています。ついこの間も、東の空が、火事でもあったかと思うほど、とても赤く輝いていたと言っていました。そして、多少霧があったのでしょうか、虹が出ていたということで、とても美しい朝焼けを見て、感動しておりました。毎日毎日、太陽は昇ってきますが、よく晴れた日の太陽の美しさは、いつまでも飽きないものです。朝早く起きて、太陽が昇るのを拝むことも、人間を大変元気にするもとになると思います。

 

私たちは、太陽がなければ生きられません。縁起の世界で生かされておりますから、本当に一番のもとは太陽であり、太陽がなければ、人間だけでなく、あらゆるものが生きられません。その太陽が昇ってくるのを拝むことは、昔からなされてきたことですが、私たちも日々そういう気持ちで過ごしていくことがとても大事なことであると思います。とても平凡なことのような感じもしますが、そうした平凡なことが自分の幸せにつながっていくのであれば、それは先ほどの「日用心法」の中に入ってくるわけです。

 

「太陽が昇る」と申しましたが、昇るというよりは、地球が自転をしていることから、そういうことになってくるわけです。もし自転をしなくなったら、私たちはどうなってしまうのかと思います。しかし私たちは、なぜ地球の自転が起こるのか、根源の力はどうなっているのかということすら分かりません。太陽は本当にきれいに毎日昇ってまいりますけれども、その熱源は何かというと、原子の核融合によって、あのように輝いていると言われています。人類は、核融合の利用は、まだできません。核分裂による兵器をつくっていますが、太陽の熱の源は、核融合によって無害に行われていると科学者が言っております。

 

そうした有り難い太陽が昇ってこそ、私たちは呼吸をすることができます。植物は、私たちが吐き出す炭酸ガスを吸収し、光合成をして、酸素をもたらしてくれるからこそ、私たちは呼吸ができるのです。太陽のお陰さまで呼吸ができると言えるわけです。また植物は、大地の中の水、天に輝く太陽がなければ育たないのですから、大きく考えますと、私たちは、そうした宇宙のお計らいで生かされていると言うことができます。呼吸一つとっても、本当に文字通り、天地の力によってさせて頂いていることが分かってまいります。

 

さらに、手足の運動、目や耳の働きにしても、決して簡単なものではなく、研究をすればするほど、不思議な働きだと言われています。そうしたことを一つ一つ考えてみるだけでも、生かされていることが、いかに不思議であるかを受け取ることができます。

 

大自然は、究めれば究めるほど、奥が深く、不思議がいっぱいである。不思議の世界に、むしろ生かされていると言われております。

 

以前にもお話をしたことがあったと思いますけれども、月は、だんだんと地球から遠ざかっているそうです。月の引力で引き起こされる毎日毎日の潮の満ち引きによって、地球の回転がだんだん遅くなり、月も離れていくというのです。だいたい1年で4センチずつ遠くなっているのだそうです。そして、地球の自転もいずれは止まってしまうということです。もちろんこれは宇宙的な話ですから、すぐにそうなるわけではありません。宇宙科学の先生方によると、1億年ぐらい経ったらそうなるのではないかと言われております。私たちが生きている間は、心配ないわけです。そういうことまで研究の結果、分かってきているということです。

 

宇宙が発生したのは、もう138億年も昔のことです。私たち人間の体を調べると、全て宇宙にある元素でできているということです。亡くなって、荼毘(だび)に付されると黒くなるのは、炭素が影響しています。炭素も宇宙のどこかでつくられ、それがいま、地球上の私たちの肉体の中にある。もちろん酸素や水素などもある。それは全て宇宙にあるものであり、それによって私たちの肉体も形成されているということです。私たち一人ひとりの肉体は、宇宙との関係の中で、でき上がっているということであります。

 

そうしたいろいろなことを考えますと、私たちは本当に生かされていることの有り難さを感じることができます。仏さまが、人間として生まれてきたことは大変有り難いことだと教えてくださっていますが、あらゆることを学んでみればみるほど、ますます不思議であって、また有り難いことであることが、よく分からせて頂けるわけであります。

 

地球の自転速度は、いまは24時間で1回転しています。昔は、もっと速い時期があって、1日8時間ぐらいの頃があったそうです。その頃の地球上には、風速180メートル、いや250メートルもの風が吹いていたと言われています。風速180メートルくらいになると、ダンプカーが風で吹き飛ばされてしまうということですから、昔はとても人間が住めませんでした。いまは、地球が自転していることさえほとんど感じずに、太陽が昇ってくることで、それが分かってくるということです。そうした大自然の不思議の中に生かされているのであります。

 

そうしたことを一つ一つ学びますと、潮の満ち干(ひ)にしても、太陽が昇ってくることにしても、本当にそのことの大切さが分かってまいります。昔の人たちは、朝早くに、太陽に向かって柏手を打って、お参りをしていました。現代人からすると、太陽を拝んでどうなるのかというようなことにもなりそうですが、本当によくよく中身が分かってまいりますと、本当に拝まざるを得ない、大日如来さま(太陽神を起源とする仏)を拝まざるを得ないというぐらいの感じがします。また日本の神道でいいますと、天照大御神(あまてらすおおみかみ)ということですから、太陽の大切さというものをつくづく感じます。

 

お日様など、「様」がつくものはみんな大事です。お水さまとは言いませんけど、お水と、「お」をつけますから、やはり水も大切です。お月様とか、お日様とか、「お」がつくのは、だいたいみんな有り難い。私たちが、それこそ合掌せざるを得ないものに「お」がついております。

 

そうしたことを一つ一つ考えますと、私たちはこうしたコロナ禍の中で、いろいろ悲観的な気持ちになることも多いわけですが、昔からのことをよく振り返って、その大切さをしっかりと自分のものにしていくことが、こうした時期には大事なことではないか、そのように私は思います。

 

10月もちょうど半分が過ぎたわけですが、コロナ禍の中にあって、お互いさまに本当に元気に精進をさせて頂けるのも、有り難い仏さまのみ教えのお陰さまです。このみ教えを自分だけのものにすることなく、人さまにお伝えをし、自分も悟りを得、また人さまも悟りを得られるようにする「自行化他」が大事であり、それが私たちの菩薩行ということであります。お互いさまに、そうしたことをしっかりと心に銘記して、これからもまた精進をしてまいりたいと思います。

 

今日は、どうもありがとうございました。

 

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