大聖堂ライブ配信

2020年8月15日 戦争犠牲者慰霊·平和祈願の日

立正佼成会会長 庭野日鑛

 

8月15日、今年も終戦記念日がやってまいりまして、只今、ご供養をさせて頂いたところでございます。

今年は8月15日が、何か早く来たというような感じを受けております。梅雨の時期が長く、梅雨が明けたら、今度は暑くなりました。梅雨が明けてから今日までの日にちが短かったせいでしょうか。何か8月15日が急にやってきたような感じがしてならない中で、今日こうして、その日を迎えたわけであります。

 

戦争当時のことですが、私は昭和19年8月に疎開を致しました。昭和20年3月10には、東京の下町に大空襲があり、10万人を超える方々がお亡くなりになりました。私は、身の安全なところに疎開をさせて頂いたことに、感謝の気持ちがわいてまいります。

 

また、昭和20年8月6日には広島、そして8月9日には長崎に原爆が投下されました。広島の場合は14万人、長崎の場合は7万5千人におよぶ大勢の方々がお亡くなりになったわけであります。そうした終戦から75年の記念日であります。

 

終戦記念日は、日本、アメリカ、イギリス、中国、ロシアなど、それぞれの国によって違うようです。日本の場合は、天皇陛下の玉音放送がありましたから、この日が終戦記念日になっています。国によって違うのは、それぞれの国のいわれがあってのことと思います。アメリカの場合ですと、9月2日、(戦艦)ミズリー船上で日本が敗戦を認めて、(降伏文書に)署名をしたことから、その日を記念日(戦勝記念日)にしています。イギリスはイギリスで、ロシアはロシアで、それぞれ日にちが決まっています。ロシアは、いろいろ変わってきたそうですが、アメリカの場合は、9月2日を戦争の終わった記念日にし、ずっと続いているようであります。

 

さて今日は、日本の国の歴史、伝統が、私たちにとって、とても大事なことだと思い、そのことを申し上げたいと思います。

 

宇宙も人間も、皆、大和(だいわ)から成り立っていると言われております。本当にそうだと思います。和というものがなければ、何も存在できないということであります。

 

かつて聖徳太子は、「和を以て貴しと為す」という言葉を十七条憲法の第一条に掲げられました。その「和」という字を用いて、天平勝宝年間、日本の国名が、「大和(やまと)」と定められたわけであります。大きな和と書いて「大和(やまと)」。

人によっては、いろいろな思いがわいてくる言葉かもしれませんが、私たちが、正しく理解し、受け取って、さらにその精神を後世に伝えていかなければならない大事な言葉、国名であったと言えます。

 

どういうことかと申しますと、先ほども申しましたように、古代日本の文化の偉大な功労者であった聖徳太子は、十七条憲法の冒頭、「和を以て貴しと為す」と宣言されました。その「和」を用いた大和(やまと)、大和(だいわ)は、「Great Peace」「Great Harmony」、いわば「大いなる平和」「大いなる調和」を意味する国号、国の名前であったのです。その精神は、歴史的に終始一貫する国家的、民族的な理想であったということであります。

 

ですから、わが国、日本の国の古今を通ずる本願が、「大和」という国名の中に込められています。日本の国には、2千年を超える歴史がありますが、そうした中で、和の精神を国の本願とし、歴史的に終始一貫して保ってきた国であるということを、私たちは、本当に正しく理解し、受け取って、後世に伝えていくことが大事ではないかと、私は受け取っているのであります。

 

今日は、終戦の日から75年を迎えました。終戦の年、私はまだ小学2年生、7歳でしたが、私も82歳になりました。当時を思い返してみますと、なつかしいこと、苦しかったことなど、いろいろなことが思い出されます。

本当に「大和(やまと)」という中に込められた和の精神、大和(だいわ)――大きな和の精神を、私たちは日本人として、しっかりと後世に伝えていくことが、とても大切なことであると思います。

 

さて、コロナ禍と申しましょうか、家にいることが多くて、毎日、新聞が来ると、ほとんど全部読んでしまいます(笑)。今までも皆さまに紹介してまいりましたが、『朝の詩(うた)』という欄が、ある新聞(産経新聞)に載っております。そこに、こういう詩がございました。「ほほえみ」という題ですが、これは神奈川県の藤沢市に住む横田佳代子さん、80歳がつくられたものです。この方は、信者さんですからね。その人の詩が載ったのです。こういう詩です。

 

母は茶寿(百八歳) 

いつも ありがとう 

ありがとうと

手を合わせ

にこにこしている

お世話になっている

センター長が

「長いことこの仕事を

してきたけれど

お母さんのような人は

初めて お母さんと

過ごす時間は

私にとって宝物」

と微笑んでくださった

 

『朝の詩』に、こういう短い詩が取り上げられていました。この方は、IARF(国際自由宗教連盟)で活動をしておられます。この人も投稿したんだ、そして選ばれたんだと、嬉しく思いまして、紹介をしたわけであります。

 

それから、この方は奈良市の方ですが、「時の流れ」という題で、こういう詩が載っておりました。

 

人は

年を重ねるたびに

新しい時をつくります

私自身が

新しい人になるのです

見上げる空は新しい

見つめる花も新しい

年月のなかで

もっともっと

自由になれ

人は

老いるのではない

新しい人になるのだ

 

こういう詩であります。言われてみれば、確かに私たちの肉体は、新陳代謝をしていますから、毎日毎日変化しています。もちろん心も変化しています。本当に毎日新しくなっているわけであります。

私なども、年齢を経れば、老いると考えてしまいがちですが、この方は、「老いるのではない 新しい人になるのだ」と言われています。新陳代謝をすると申しますか、とても創造的な心が読み解けて、大変素晴らしい詩だと思い、これも皆さまに紹介を致しました。

とにかく、毎日毎日私たちは、幼い者も、少年も、青年も、壮年も、老年も、皆新しい人になっているということです。こういう受け取り方は、本当に素晴らしいと思います。

 

人生は絶えざる学業である、毎日毎日学んでいくべきものである、と言われております。

社会や宇宙は、そのままに一大経巻であるとも言われます。ですから私たちは、本当に日々いろいろなことを学んで、この人生を全うしていかなければなりません。

 

私は、よく道元禅師の言葉を紹介しますけれども、こういう言葉がございます。

 

「学道(がくどう)の人、若(も)し悟を得ても、今は至極(しごく)と思(おもう)て、行道を罷(やむる)ことなかれ。道は無窮(むぐう)なり、さとりても猶(なお)行道すべし」

 

この大意は、「仏道を学ぶ人は、もし悟ることができたとしても、もうこれでよいと思ってはならない。道はきわまりないものであるから、悟ってもなお、修行しなければならない」ということであります。​

本当に、人生は絶えざる学業であって、社会や宇宙はそのままに一大経巻であるということでありますから、本当に私たちは、日々学んで、そして新しい人になるということが大事であると、つくづくと思う次第であります。

 

また私の手元には、皆さまの方には見えないでしょうが、面白いものがあります。これは、『わたしの今いるところ、そしてこれから』ということで、大阪にあるJT生命誌研究館というところから頂いているものです。

 

その中に、人間として、生命として、いま、ここにいることについて、「わたしは両親から生まれてきた。38億年前の細胞のDNAを受け継いで」という言葉があります。私たちのいのちは、ただ単に両親から生まれてきたと思いがちですが、人類が発生して38億年も経っているのですから、38億年前の細胞のDNAを受け継いでいるということです。

 

また、「わたしは今、息をしている。46億年前の大気と元素を交換しながら」とあります。46億年前に地球ができてということですが、空気もそうした大気と元素を交換しながらつくられてきたわけです。

 

さらに、「わたしは今、ここにいる。138億年前から続く時間と空間の中に」と。人間の生命、地球、宇宙という大きな視点に立って物事を考えていくという意味で、私は、いつもこれを手元に置いて、眺めては、「そうだ、あまり小さいことにとらわれないようにしよう」と思っているのであります。

 

今日は、いつもの終戦記念日とは、もちろん違います。大聖堂には、人がおられません。全国で、あるいは各ご家庭で、今日はお過ごしになられていると思います。

 

私たちは、先ほど申し上げた大和(やまと)、大和(だいわ)の精神、大精神を、本当に正しく理解をし、受け取って、後世に伝えていくことが、日本の国の本当の大きな使命であり、世界の平和を築く大きな使命が日本にはあるのだと思います。

皆さまと共に今後の精進を決意させて頂きまして、私の話を終えたいと思います。

 

今日は、誠にありがとうございました。