大聖堂ライブ配信

2020年8月4日 開祖さまご命日

理事長 國富敬二

 

全国の会員の皆さま、おはようございます。

 

只今は、皆さまと共に「開祖さまご命日」のご供養を真心からさせて頂きました。ありがとうございました。

 

全国的に新型コロナウイルス感染拡大の第二波とも言うべき状況の中で、たくさんの方が感染されています。また、政府の対応等、あまり良いニュースがない中で、暗い気持ちになることもあろうかと思いますけれども、法華経を信仰するわれわれは、そういう中でも元気に毎日を過ごさせて頂きたいと思っております。

 

実は昨日、とてもうれしいニュースがありました。ご存知のように、夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)はなくなりましたが、各地区で高校野球の大会が行われています。わが佼成学園も、昨日、西東京大会の準々決勝ではありますけれども、いわば宿敵の日大三高に3対2の劇的なサヨナラ勝ちをしたのです。なんと、その決勝打を打ったのが、全国の皆さまから応援して頂いている(学林)光澍高校科の堀川くんという人です。今回ベンチ入りした選手には、7人の光澍高校科の生徒が入っております。彼らは、大聖堂での寒修行にいつも来ておりますし、毎朝5時から波羅蜜橋でダッシュの訓練をずっと続けている非常に素晴らしい青年たちであります。明日、準決勝があります。どうなるか分かりませんけれども、本当に素晴らしい、うれしいニュースがありました。

 

今日は、二つのことを申し上げたいと思います。一つは、開祖さまがお示しくださいました大乗菩薩としての生き方について。そして二つ目は、会長先生から8月号の『佼成』で「むだなものはない」というご法話を頂戴しましたけれども、そのことについて思うところを述べさせて頂きたいと思っております。

 

開祖さまは、いかにすれば人さまに喜んで頂けるかということをいつもお説きくださいました。そして、開祖さまご自身が身をもってお示しくださいました。

 

平成10年のことでありますけれども、ここ大聖堂で節分会がありました。私はそれまで、豊橋教会、またサンフランシスコ教会で(教会長の)お役を頂いておりましたので、9年ぶりに大聖堂での節分会に参加させて頂きました。

 

開祖さまは、そちらのほうから(4階ホールの聖壇に向かって左手から)車椅子で聖壇控室に入られました。そして、豆まきになりました時も、秘書の方が付き添って聖壇に上がられました。ところが、いざ豆まきが始まりますと、もう秘書の人に関係なく、勢いよく豆をまかれるのです。この迫力はすごいなと思いました。開祖さまは「役者だなあ」と本当にそう思いました。

 

その1週間後、新宗連(新日本宗教団体連合会)の理事会が本部でありました時に、岐阜県の真生会の田中偉仁会長(当時)がいらっしゃって、私を訪ねてきてくださいました。

 

その時、私は、1週間前の節分会のことをお話ししましたら、田中先生に「國富くんは開祖さまに対する信心が甘い」と叱られました。戸惑って、「どうしてですか」と伺いましたら、「人をいっぱい救ってきた人は、何をすれば信者が喜ぶかが体に染みついているんだ。私は、開祖のこの話を聞いただけで、新宗連の理事会にきた甲斐があった」と教えてくださったのです。

 

もう一つ心に残る出来事があります。その年の9月、開祖さまは体調を崩され、全国の信者さんで21日間の祈願供養をさせて頂きました。その後、奇跡的にお元気になられた開祖さまは、11月15日の誕生会式典にご登壇され、ご挨拶されました(会長先生が代読)。

 

そして、花束贈呈がありました。その花束を開祖さまがどのようにされるかと、私は固唾を飲んで見つめておりました。すると開祖さまは、花束を両手で高く掲げられました。こうやって(花束を掲げて)、皆さんに示してくださいました。その時のお姿が、いまも心に残る「私にとっての開祖さま」でありました。

 

後日談になりますけれども、その日説法したのが、大宮教会青年部長の三村君でした。当時、私は、(教団の)青年本部長を務めておりました。後日、(説法者として聖壇控室にいた)三村君から、「実は聖壇控室で(開祖さまは)、ご自分でお茶もお飲みになれませんでした。まわりの方に飲ませて頂いておられました」と聞きました。「その開祖さまが、聖壇に上がられ、皆さんの前で、本当に重たい花束を高く掲げられました。そのお姿を拝見して、感極まりました」とも話していました。

 

開祖さまは、ご入寂される直前まで、いつも人さまに喜んで頂くことに心を尽くされ、その手本を、身をもって示してくださったと思わせて頂いております。

ですから、われわれ立正佼成会の会員は、体が元気であろうとなかろうと、命のある限り、菩薩行、つまり人さまに喜んで頂けるよう実践していくことが、開祖さまの弟子の務めではないか。そのように理解させて頂いております。

 

次に、会長先生は、『むだなものはない』と題した今月の『佼成』のご法話で、こうおっしゃっています。

 

「いいことも悪いことも含めたこの世のあらゆるできごとが、『ほんとうの自分』に帰って幸せを味わうためのヒント、縁になる」と。

 

目の前に出てくるいろいろな現象は、何一つ無駄なものはない。それは、本当の自分に帰るための縁であるというご指導だと思います。

 

では、本当の自分とは、どういうことでしょう。皆さまにも、それぞれの受けとめ方があろうかと思います。私が理解する本当の自分とは、「仏である自分」というふうに捉えさせて頂きました。

 

それでは、「仏である自分」とは、どういうことなのでしょう。これも皆さまそれぞれに受けとめ方があると思いますけれども、私が理解する「仏である自分」は、「開祖さまのように、いつも目の前の人に喜んでもらえるように心がける自分。時にはずっこける時もあるけれど、そのことに精いっぱい努力しようとする自分ではないか」――そのように理解しております。

 

明治天皇の先代であられた孝明天皇の御製の歌に、
「諸人(もろびと)の心の限りつくしてし 後(のち)にぞ頼め伊勢の神風」とあります。

 

孝明天皇の世は、ちょうどペリーをはじめとするアメリカ、さらにはフランス、イギリス、ロシアが軍事力をもって日本に開国を迫っている、そういう時代でした。日本の国民は、本当に慌てふためくと申しますか、不安の中で何をしてよいのかが分からず、オロオロしていたといいます。そうした時に孝明天皇が、落ち着いて、心の限りを尽くして、いまできることを真剣にすればよいという御心を歌に詠まれたのだといわれています。

 

いま、コロナ禍の中で、教会では戒名当番もずっとなされていません。そういう中で、新仏さまの戒名は、何人かの方が真心込めて付けさせて頂いていると伺っております。

 

先日、在京のある教会で浄書を担ってくださっている方のお話を伺いました。その方は、いま戒名当番を休止している中で、筆が鈍らないように毎日写経を続けておられるそうです。そして新仏さまの戒名をつけさせて頂く時に、ご自分のしたためた、寿量品の自我偈の写経に新仏さまの戒名をお付けして、教会長さんを通してお渡しされていると伺いました。教会長さんのお話によりますと、その真心にご遺族が心から感謝されておられるそうです。

 

「写経は、よく為書きをしますが、その方の名前も書かれるのですか」とお伺いしましたら、「とんでもない」と。その方は、自分の名前など一切書かないで、その新仏さまの戒名だけを書いて、差し上げるそうです。「陰徳を積む」というのでしょうか、いま心の限りを尽くしていくという菩薩の姿を、その在京の幹部さんから教えて頂きました。

 

皆さま、コロナウイルスの感染拡大をはじめ、いろいろなニュースに触れて、不安なこともあろうかと思いますが、会長先生はいつも、大きな心、視野を持って、この不安の時代を生き抜いていきましょう、とご指導をくださっております。

 

特に立正佼成会の仏教は、ただ一人で修行する仏教ではありません。「佼」の字が示すように、人さまと交わりながら、「まず人さま」という実践をその場その場で尽くしていく仏教だと思います。

 

8月1日にも光祥さまから、「コロナで教会が閉鎖された今だからこそ、教会で学んだこと、身につけたことを発揮する場があるはずです」というお話を頂戴しました。まさに今までいろいろと勉強してきたことを、何ができるかは人によって違うかと思いますけれども、まずは自分のできること、人さまに喜んで頂けることを精いっぱい実践していく――そういう大乗菩薩としての生き方を開祖さま、会長先生、光祥さまからお示し頂いているわけですから、さまざまな不安や、この暑い夏を吹っ飛ばして、元気に精進させて頂きたい、そのように思わせて頂きます。

 

ご清聴ありがとうございました。