大聖堂ライブ配信

2020年9月10日 体験説法

東京教区長 千葉 和男

 

皆々様、お願いいたします。

本日は、「脇祖さま報恩会」に体験説法のお役を頂き、誠にありがとうございます。

 

私は、昭和32年、脇祖さまご遷化の年の10月に千葉家の長男として生んで頂きました。

 

千葉家がご法の縁を頂いたのは、昭和26年、父が勤務していた五反田の職業安定所の同僚・斎藤さんに導かれた時です。そしてある時、その斎藤さんから「今日はいい話が聞けるから本部に行こう」と誘われたのが、本部職員採用の面接日だったそうです。何も知らないまま、当時の第二道場の二階 ―― 現在、私がお役頂いている杉並教会の道場です ―― に呼ばれ、―― 父曰く、前に座っている男の人が、もちろん開祖さまです――「君の名前は鑑定をすると良い名前だ。これからはこういう人が必要になるんだ。明日から来られるかね?」と言われたそうです。

 

さすがにその場の雰囲気を悟った父は、「私よりも私を導いてくださった斎藤さんという方が相応しいと思います」とその場を逃れたい一心で言うと、「ではその人を連れてきなさい」と言われ、斎藤さんを前にして座ると ―― 父曰く、前に座っている女の人、もちろん脇祖さまですが  ―― 、「では、あなた方、明日から職員としてご本部に来るように」と言われたそうです。

 

父は「あなた方」ということは自分も入っているんだ、これはもう後戻りはできないと覚悟を決め、職場に辞表を出し、本部に奉職するようになりました。この話は、瞬く間に本部に広まり「千葉さんは、自分より導きの親を立てた親孝行な人だ」と一躍有名になったそうです。

 

一方、母方の入会は、母の祖母が昭和15年に、同郷の友人である佐野さんから「とても良い教えがあるから」と導かれたそうです。そして、入会して間もなく、佐野さんのお嬢さん ― のちに第七支部長を経て中野教会長になられた岡部さん ― がまだ女学生の頃、セーラー服姿で手取りに来られ、「せっかく入会されたのに本部にお参りに来られないのはどういうことですか?」と言われ、「それは申し訳ありません。では、うちの嫁が伺うようにします」と佼成会に出るようになったのが、のちに第五支部長・脇祖さまのお側役を勤めた岩船かよです。

 

同時に母を含めた五人姉妹は、毎日組の青年部で本部に通い、当時の厳しい修行を目の当たりにしていたそうですが、そこで先程の話の「親孝行の千葉さん」は、母の耳にも入り、とても気になっていたということです。

 

やがて脇祖さまのお口添えで、父と母はお付き合いをするようになり、結婚。数年後に私が誕生します。佼成病院で生まれ、佼成育子園、大聖堂そばの和田小学校、佼成学園中学・高校、大学2年の終盤から学林予科を経て、学林本科生として本部に奉職して、現在に至っています。そして、佼成霊園に墓所がありますので、私はゆりかごから墓所まで佼成会です。名実共に佼成会に育てて頂きました。遊び場は、発祥の地・お山・大聖堂でした。大聖堂は、私が小学1年生の時に落成しました。

 

ちょうどその頃のことです。母の一言が、私の今の生き方をつくったエピソードがあります。当時、母は、毎日法座で大聖堂に通っておりました。とある土曜日です。学校の授業が終わり、母と一緒に大聖堂の食堂でお昼ご飯を食べる約束で、ランドセルを背負ったまま法座席に行ったのですが、そこは人の山。法座の輪が何重にもなって、後ろの人は一生懸命耳を傾けていて、ワーワーワーワー何を言っているのか全く分からない状態で熱気に溢れていました。

 

ようやく母を見つけましたが近づけません。しかたなく終わるまで上がり框(かまち)に座っていたのですが、小さな子供達が裸足のまま廊下と法座席を走り回っています。廊下は土足のため、ホコリで白っぽくなっています。法座席は、完成間もない綺麗な絨毯でした。でも子供たちはお構いなし。しかも大人達は法座に集中していて注意する人はいません。そのうち私にちょっかいを出してくる子もいて、つい私も走り回っていました。一瞬、母と目が合ったような気がしましたが、もう夢中でした。

 

ようやく法座が終わり、食堂でお昼ご飯と思ったのですが、母は数人の人とまだ話をしていました。その時、母は私をチラチラ見るのです。その話し合いも終わり、母が廊下に出た時、「さぁ家に帰りましょう」と言うのです。これは雲行きが怪しいと察知し、お腹が空いているのを我慢して家に帰りました。家に着くなり母は、「御宝前の前に座りなさい」と少し優しげに言います。その通りにすると、「今日、あなたは偉かったねぇ。小さな子達は皆裸足で駆け回っていたけど、あなたはじっと我慢していたねぇ」と言い出すのです。私は、「母さんはうそをついている」と即座に思いましたが、次の瞬間、「もう二度と裸足で廊下は走らないぞ」という強い思いが湧いたのです。「悪いと思うことはしない」との決意は、この母の魔法の言葉からでした。そしてその魔法は、いまだに解けていません。しかも不思議なことに、ちょっと悪いことをしようとすると、絶対うまくいかない生涯となりました。

 

次に、父から受けたお役を果たす上での覚悟について申し上げます。私が小学5年の時、父が埼玉の熊谷教会長のお役を頂きました。数年たち、私が中学生になった頃、今から四十年以上前のことです。父と二人で夕飯を食べていた時です。父が教会の青年女子部員さんの話をし始めました。

可愛らしくて、気立てがよく、周囲からも好かれていた人でしたが、いろんな人が結婚の話を持っていっても、頑なに断っていたそうです。父が何度か話しを聞いていくうちに、ようやくその理由を話し出したそうです。

 

数年前に結婚を約束した人がいて、お付き合いをしているうちに、その人の子供を宿したのですが、そのことを告げると話がこじれ、破談となってしまい、人知れずその子をおろしてしまったという内容でした。涙ながらに胸の内を初めて打ち明けられたその思いを受けとめ、父は、「その子は、千葉家の子ども、水子として私が預かろう。千葉家で戒名を頂き、生涯にわたって供養するので安心しなさい」と告げたそうです。そのとたん、その女子部員さんは声を上げて泣き出し、何度もうなずいた後に穏やかな表情を取り戻し、深々と頭を下げて、「どうぞ、よろしくお願いいたします」と言って帰られたそうです。そして、父は私に「教会長のお役というのは、人の苦を丸ごと背負う覚悟が必要なんだ」と、穏やかですがしっかりとした口調で言ったのです。

 

もちろん、その後私がお役を頂くことなど想像すらしていないことでありましたが、信仰とは何かを私に伝えてくださいました。そして、この覚悟は、私の現在のお役の中心にあるものです。ちなみに先ほどの女子部員さんは、その数年後、結婚され、子供も授かり、素晴らしい家庭を築かれたということです。

 

また父は、教会に水子の戒名を申請したのですが、なぜ今頃、教会長は、水子の戒名を申請するのかと少し波紋が広がったようですが、「私の水子だ」と毅然と言い切ったことで、古参の支部長さんは何かを感じ取り、教会の波紋を見事に治めたそうです。そして母は、父が持ち帰ってきた水子の戒名を何も言わずに過去帳に書き、心を込めてご供養をしていると父は述懐しておりました。誠に見事な信心です。

 

このような両親の影響を受け、私は、自然に佼成会でお役をさせて頂くこと思い描き入職致しました。お役の上で迷った時は、父に相談し、嬉しいことがあった時は、母に報告する。そんな有り難い境遇を頂戴し、お役を務めさせて頂きました。いつしか父は、自分の体験も話しながら、「お前も大変だなぁ」が口癖のようになっていました。母は、いつも「あなたはいつも頑張っているね。念じていますよ」と言ってくれていました。その父は一昨年、母は先々月に旅立ちました。私のことをいつも心にかけ、応援してくれていました。思えば、心配ばかりかけ、何のご恩返しもできないままだったと悔やまれます。せめて与えられたお役に精進することをもって親孝行とさせて頂ければと願っております。

 

現在、お役を果たす上で、私が心がけていることは「悪いことが起きたと思わない。むしろ素敵なことが起きている」という受けとめ方です。自分に都合が悪いと、悪いことが起きたと思ってしまいます。すると、悪い原因を探します。自分を反省して良い生き方に目覚めることは大切なのですが、それよりも自分を責める。人を責める。何かのせいにするなどして、すぐ卑屈と傲慢に陥って苦しむ自分がいます。この苦しみから抜け出すにはどうしたら良いか。そこで得た心境が、先ほどの受けとめ方です。

 

その思いに至ったのは、癌の治療をこれから始めるという方のお話を伺った時です。

現在の治療は、患者への負担が少なくなり、薬も多く開発されています。それは、今まで多くの方が辛い思い、切ない思いを重ねてこられた、その恩恵を頂いていると思えたのです。すると、これから私達が病気になることは、未来の方々の役に立つことだと思えました。つまり病気も菩薩行だと、その方から教えて頂いたのです。さらに病院は、来られた方を元の生活に戻そうと懸命に仕事されている菩薩様が集まっている所だと思えたのです。そのことをその方にお伝えしましたら、不安な表情が消え、ニコニコして「安心して行ってきます」と仰ってくださいました。

 

開祖さまは、『我汝を軽しめず』の161頁で、『目の前に起きてくる現象をおおらかに明るく受けとめて、「さあ、仏さまの境地に歩み出そう」と、心を切り替えていくことが大切です』と述べられています。今は、新型コロナウイルスによって教会で教えを学び合うことが叶いません。しかし私達は、たくさんの教えを頂いています。その教えに触れれば、希望は見えてきます。どんな時でも「仏さまの境地に踏み出そうという心」を失わず、僧伽(サンガ)の皆様と共に今いる所を道場と定め、精進させて頂くことをお誓いし、本日のお役とさせて頂きます。

 

皆様、誠にありがとうございました。