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2016年10月 8日

庭野会長 新潟・十日町市の「田川・晒川災害復旧助成事業工事完了記念碑修祓式・除幕式」に出席


新潟・十日町市の東部・田川地区振興会による「田川・晒川(さらしがわ)災害復旧助成事業工事完了記念碑修祓(しゅばつ)式・除幕式」が10月8日、同市の田川橋左岸で行われ、庭野日鑛会長が出席した。約50人が参集し、熊野隆規時務部部長、木下悦男十日町教会長も来賓として参列した。

田川、晒川の両河川は、平成23年7月末の豪雨で氾濫し、地域に甚大な被害をもたらした。その後、県による護岸改修と橋梁(きょうりょう)の架け替え工事が進められるとともに、同地区で記念碑の建立が企画された。昨年、同振興会から依頼を受けた庭野会長が「七転び八起き」の文言を提案し、関口芳史同市長の筆による文字で刻まれることが決まった。
当日は、神道の儀礼儀式による修祓式の後、庭野会長を含む代表者により記念碑を覆っていた幕が払われ、参列者から拍手が上がった。大海武夫除幕式実行委員長が挨拶に立ち、記念碑の建立は災害の記憶と復興の軌跡を後世に伝えていくためと説明。尾身孝昭同県議会議員、関口市長に続き、庭野会長が祝辞に立った。
庭野会長は冒頭、大海実行委員長の祖父・伝吉氏が、庭野日敬開祖が通っていた大池尋常小学校(当時)の校長で、その指導を庭野開祖がよく実践していたことを紹介した。また、災害の多い日本で「七転び八起き」ということわざが伝えられてきた意味に言及。「七回転んだら七回起き上がればいいわけですが、もう一つ加えてあるということは、何度苦境に陥っても立ち上がるようにとのことだと言われています。災害といったことにも挫(くじ)けずに、前向きに進んでいかなければならない——そうしたことを、祖先の方々が言葉にして私たちに残してくださったのだと思っております」と述べ、碑文に関われたことに謝意を表した。
記念碑は、安山岩に碑文を刻んだ御影石をはめ込んだもの。台座を含めた高さは約2.5メートル、横幅は約3メートル(台座は4メートル)におよぶ。