今日のことば
4/3 金曜日
アッサジの歓喜
お釈迦さまの教えを初めて聴聞(ちょうもん)したアッサジの輝きわたる姿を見て、舎利弗尊者(しゃりほつそんじゃ)が思わず、「あなたはだれを師とし、その師は、どのような教えを説かれるのか」と尋ね、「わが師釈尊は、すべてのものごとは原因があって生じ、また原因があって滅するとして、その原因を説かれます」というアッサジの答えを聞いてお釈迦さまのお弟子になったのは、みなさんもよくご存じでしょう。
舎利弗尊者は二百五十人もの弟子を持った、いわば大先生で、のちに釈尊教団で智慧(ちえ)第一とたたえられた人でした。その大先生を、まだ教えを聞いたばかりのアッサジが、自分のうしろ姿でお導きしたわけです。アッサジが、どれほどの歓喜に顔を輝かせて師の教えを語ったか、目に見えるようです。
内からあふれる確信を持って語られる言葉は、それだけの力を持つのです。人を引きつけずにおかぬ輝く笑顔、自信に満ちた言葉は、自分が教えどおりに行じて、「これだ!」というものをつかんだ感動から生まれてきます。信仰は、たくさんの知識より一つの実行です。わが身をもってつかんだ感動こそが大切なのです。
庭野日敬著『開祖随感』第8巻 112~113頁より