今日のことば
3/12 木曜日
行じている人の言葉
言葉は重宝(ちょうほう)なもので、舌先三寸、どんな立派なことも言えます。しかし、いくら言って聞かせても、子どもは言うことを聞かないし、部下は動かない。黙って聞いているようでも、子どもや部下は腹の中で、「この人は、言うこととやることがずいぶん違っている」と思っているわけです。
家ではめちゃくちゃで、外でだけ口をぬぐってきれいごとを並べても、やはり人には分かってしまうのですね。こちらに本当の自信がないからです。
言葉の重みは、何を語るかでなく、だれが語るかにあります。神仏を信じ、その教えどおりに行じている人が語ると、かりに言葉は稚拙(ちせつ)でも、「この人についていこう」という気持ちになるものなのです。
「人を愛して親しまれないときは、己(おのれ)の仁の至らなさを反省する。人を治めて治まらないときは、己の智の至らなさを反省する。人に礼して答えられないときは、己の敬の至らなさを反省する」という『孟子(もうし)』の言葉があります。
周囲の人が自分の本当の姿を見せて磨いてくれる鏡だというのは、このことです。
庭野日敬著『開祖随感』第8巻 48~49頁より