本会の考え

臓器移植法改正案に対する重ねての提言

はじめに

このたび2007年12月以来継続審議になっている「臓器の移植に関する法律」(臓器移植法)改正案(A 案、B 案、C 案)が近々の国会で採決される方向で検討に入ったと聞いております。
A 案(中山太郎議員らによる)は、「脳死を一律に人の死とし、家族が同意すれば本人の意思が不明でも臓器提供を可能」「年齢制限なし」とする案、B 案(斉藤鉄夫議員らによる)は、現行の臓器移植法の枠組みのまま「提供可能な年齢を15歳以上から12歳以上」に引き下げる案です。いずれも現行法の規制を緩め、臓器提供の機会拡大を狙いとしています。一方、C 案(阿部知子議員らによる)は、主に「脳死をより厳密に定義すると共に生体間移植の規制強化」に焦点をあてたものです。

私たちは、これまでに平成3年12月に「臨時脳死及び臓器移植調査会」永井道雄会長あてに「脳死・臓器移植問題に関する意見書」を提出、平成6年6月に「臓器の移植に関する法律案」に対する見解書を国会議員およびマスコミ関係者に送り、平成17年3月に「自由民主党脳死・生命倫理及び臓器移植調査会」佐藤泰三会長および民主党の仙谷由人・政策調査会長に「臓器移植法改正案に対する提言」を提出してきました。

わが国においては、「人の死」は従来から心拍停止・呼吸停止・瞳孔散大の三徴候をもって判断されており、「脳死を人の死」とする社会的合意は得られていません。平成9年施行の現行法は、死生観や立場を異にする各界の間で多くの議論を積み重ね、脳死を一律に「人の死」とすることなく、「臓器提供する場合に限り、脳死を人の死」と規定するほか、「本人の意思の尊重」を基本的理念として制定されました。
継続審議案の「脳死を一律に人の死とし、家族の同意だけで臓器提供ができる」とする A 案は、現行法の制定にあたって積み重ねられた各界の議論を根本から覆すものです。B 案については、年齢緩和の法的根拠が乏しいことに杞憂を感じます。
また、生体からの臓器の摘出及び移植について言及した点では C 案は、A 案・B 案に比べ現行法の不備を指摘した改正案として評価できます。

しかし、脳死・臓器移植は、一人の人間の死を前提として他の人の疾病を治療するという特殊な医療行為です。ドナー本人の基本的人権や自己決定権は慎重に配慮されねばなりません。
私たちは、宗教者として、すべての生命の神聖性を畏敬し、生命の尊厳を擁護する立場から、今国会で審議される臓器移植法改正案に対して、下記のとおり再度提言すると共に、国民各界各層による幅広い意見をもとに、慎重かつ厳正な国会審議が行なわれるよう強く望みます。

一、脳死と「人の死」

脳死を一律に「人の死」とすることは出来ない。たとえ脳死の状態であっても、心臓が動き、血液が循環し、代謝が行なわれ、免疫機能が残っている温かい人間の身体を死体とは認めがたい。脳及び心臓の機能と有機的統合体としての個体生命のあり方を考えるとき、脳死は「人の死」そのものではなく、死への進行過程であると認識すべきである。
生命個体としての人間の死は、従来どおり、心拍停止・呼吸停止・瞳孔散大の三徴候をもってみるのが、最適と考える。
臓器移植の場合は、ドナー本人の意思を尊重し、各人の死生観にゆだねる。

二、 本人の提供意思の確認

現行法は、「本人の意思尊重」を基本的理念に掲げている。脳死と判定された人体からの臓器移植は、本人の任意による提供の意思を尊重して法的に容認された医療行為であるから、本人の提供意思を必須条件とする。
臓器提供に関する本人の意思には、承諾・拒否・判断保留(不明)の三つの選択肢が考えられる。また人には意思表示しない権利もある。
本人の意思表示がない場合及び不明の場合は、従来どおり、臓器摘出はできないものとする。

三、十五歳未満の者の意思表示

十五歳未満の者の意思表示については、親権者の承諾を含めて、適切な法的措置を講ずる。六歳未満の者については、臓器摘出の対象から除く。

四、脳死判定

脳死判定は、従来どおり、本人の書面による意思表示及び家族承諾を必要とする。

五、生体等からの臓器の摘出、移植、その他

C 案に述べられた「生体からの臓器の摘出及び当該臓器の移植」「研究目的への転用」等は、現行法ではほとんど規制されていない。医療の倫理と公正にとって緊急の課題であり、法的規制の制定及び強化が早急に望まれる。

六、移植医療に関する啓発及び知識の普及

移植医療に関する啓発及び知識の普及については、人道的・文化的・社会的見地から、各界の合意を得て適切に推進されるべきである。

七、医の倫理と総合的な医療福祉対策

医療の仁術としての倫理観と信頼の回復を基調とした全人的な医学教育の充実、臓器移植に代わる医術の研究開発など、文化福祉国家に相応しい総合的な医療福祉対策が推進されなければならない。

八、国民的理解と協力

「臨時脳死及び臓器移植調査会」及び現行法制定過程において見られた多様な見解、意見の相違は現在でも埋まっていない。脳死を人の死とすることにしても国民のコンセンサスが得られているとは言えず、これまで提出した「見解書」「提言」等の主旨が考慮されていないことに憂慮を抱いている。ましてや現状の必要性にだけ対応しようとする拙速な改定は危険である。相異なる意見や立場の人びとが十分に論議を尽くし、国民的理解と協力の得られる対応が望まれる。

むすび

臓器移植法の在り方は、各国の国民性、科学技術、医療水準、精神文化、宗教事情など社会的・文化的要因に大きく依存するばかりでなく、各個人の死生観、倫理観、価値観など、人間存在の意義に深くかかわっている。

世界保健機関(WHO)から、国外での渡航移植に関するガイドラインが示されると言われているとはいえ、拙速な判断は、将来にわたる日本人の死生観の形成に禍根を残すものと危惧の念を持っている。

臓器移植法の見直しにあたっては、私たちの見解等を含め、国民各界各層の意見と協力を幅広く取り入れ、わが国の文化福祉国家として相応しい医療制度の実現に最善を尽くされることを、立法・行政の諸機関をはじめ関係各位に対して、私たちは衷心から要請する。

以 上

平成21年4月28日
東京都杉並区和田2-11-1
立正佼成会 理事長 渡邊 恭位

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