基本信行

三つの基本信行

魅力ある人間になるために

私たちの生きる世界は、喜びや楽しいことばかりではありません。むしろ、つらいことや悲しいことに満ちているとさえ感じられます。その苦労をどのように受けとめるかで、どんな人間になるかが決まるといってもいいでしょう。
苦労をしたために、自己中心で我欲に凝り固まった人間になるか。それとも、苦労したことで他人の苦労のわかる温かい人間になるか。やはり、だれもが、喜びも苦悩も心の糧にして、他の人に思いやりをかけられる温かい人間になりたいと願うのではないでしょうか。
そんな魅力のある人間になるために、私たち会員は、仏教徒としての生き方を身につけます。その基本となるのが、「三つの基本信行(きほんしんぎょう)」——「ご供養」「導き・手どり・法座」「ご法の習学」です。
人間教育の究極の目的は、仏さまに帰依する人間を育てることだといわれています。基本信行は、そうした人間になるための日常の精進のあり方を示しています。

ご供養

いのちの尊さ、有り難さに気づく

朝夕に家庭でご供養(読経(どきょう))することは、大切な基本信行の一つです。その意義は、法華経に説かれている人間としての真の生き方を身につけ、人さまのお役に立つ行いのできる人間にならせて頂くことにあります。
それは、一つには、ご先祖さまから連綿と受け継がれてきたいのちと、子孫への祈りに感謝を表すことといえます。ご宝前(ほうぜん)のお給仕をさせて頂くことも、感謝の表現にほかなりません。二つには、私たちを生かしてくださっている仏さま(ご本仏)と対話をすることです。
仏さまと対話させて頂くと、忙しさに紛れている時には分からなかった自分の至らなさや周りの人々のおかげさまにふと気づかされます。また、仏さまの教えや願われることが胸に染み込んでくることもあるでしょう。
朝のご供養では、精進を誓い、夕べには感謝をさせて頂きます。ご供養をさせて頂くなかで、仏さまの尊い心を信受し、教えを実践することこそが、一番大切な供養なのです。
母親と子供が御宝前で

導き・手どり

若い男性が二人、道中で対話をしている様子

人とかかわり、共に輝く

基本信行の一つ「導き・手どり・法座」の中で、導きは、他の人に仏さまの教えを伝え、信仰の道に入るように勧めることです。手どりは、サンガ(信仰の仲間)が教えを生活に生かし、喜びのある生き方ができるようにはたらきかけることといえます。どちらも、真理・法を身につけて頂くためのはたらきであり、私たち自身が相手を通して自分の生き方や教えを学ぶ機縁ともなります。
私たちは、家庭、職場、地域社会など、さまざまな人とのかかわりの中で生活しています。仏さまの教えを身につけ、真の幸せに至るための修行をする際も、人とのかかわりを抜きにしては考えられません。導き・手どりは、人との出会いを重ねながら、私たち自身がよりよく変わっていく実践行なのです。
自分の喜びよりも、他の人が喜んでくださる時の方がうれしいと感じるのは、私たちが仏さまと同じ願い、仏性(ぶっしょう)を心の奥に宿しているからです。「相手の幸せ」を心から願う中で、私たち自身の心田(しんでん)が耕され、仏さまと同じ願いに気づかされるのです。

法座

学び、共感し、磨き合う場

法座は信仰の仲間が集まって、仏さまの教えに基づくものの見方や行動を、お互いが学び合い、共感し、磨き合い、向上し合う場です。
法座は立正佼成会の「いのち」といわれ、大切な基本信行の一つです。社会的な地位などに関係なく、皆が心を一つにして、悩みや苦しみ、あるいは喜びなど自分の内面を語り、共感し合います。そして、その中に教えられている仏さまの願いに気づいていきます。
具体的には、法座主(ほうざしゅ)と呼ばれるリーダーと、悩みを抱える人との対話がなされ、また他の人が自身の受けとめ方を話すという会話が展開されます。そこで大切なことは、法座に参加することによって、悩み苦しみの解決とともに、生きる勇気と人生の指針を学ぶことです。
また、多くの人の話を聴くことによって人間としての生きがいを発見することができます。
法座の様子

ご法の習学

子供が玄関で抜いた靴を揃えている様子

教えに照らし、自分を振り返る

基本信行の一つとしてあげられている「ご法の習学(しゅうがく)」とは、仏さまの教えを正しく会得し、それを自分の日常生活と照らし合わせて考え、このことを絶えず繰り返すことです。つまり「仏道を歩む」ということにほかなりません。
「仏さまの教えを正しく会得する」ということは、仏さまの願いをつかむ、いつも合掌・礼拝を心がける、思いやりの心をもち続けるという、仏教徒として中心となる行いです。
また、日ごろの読書や歌などで、仏教の教えと同じだと感じた経験はないでしょうか。それも「習学」の一つであり、いろいろな事柄の中に真理・法を見ていく姿勢が大切です。
しかし、常に合掌・礼拝を心がけていても、つい争いの心が湧き起こることもあります。それを教えに照らして、反省するべき点はなかったか、思い通りにしたいという自己中心の心で接していなかったかと振り返り、心を切り替えて前進していく。こうした繰り返しの中で、人格を高めることができるのです。
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