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2001年09月02日 バルセロナでの「祈りの集い」に庭野会長出席

「世界宗教者平和のための祈りの集い」(聖エジディオ共同体主催)が9月2日から4日まで、スペイン・バルセロナ市で開催され、40カ国から、正式代表として250人の諸宗教者が参加しました。テーマは、『対話の最前線――新世紀における宗教と文明』。立正佼成会からは、庭野日鑛会長が出席。『共生の文明を構築する対話』と題してオープニングスピーチを行いました。

「祈りの集い」を主催する聖エジディオ共同体(本部・ローマ)は、「第16回庭野平和賞」を受賞したカトリックの在家運動体。1986年、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の提唱により、イタリア・アッシジ市で開催された「世界平和祈願日」集会の精神を継承しようと、毎年、同様の「祈りの集い」をイタリアはじめヨーロッパ各国で開催してきました。アッシジ市での集会には、庭野会長が出席したほか、以降延べ13回開催された集いにも、本会は毎年代表を派遣しています。今年の「祈りの集い」は、アッシジでの集会から15周年を迎えたのを記念したもので、宗教界に加え、政治家、社会活動家、学者などが参加したのが特徴となりました。
また日本からは、半田孝淳・天台宗探題、藤光賢・天台宗宗務総長、工藤伊豆神社・神社本庁総長はじめ、天台宗、曹洞宗、神社本庁、大本、天理教、WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会などからの代表約30人が参加しました。
開会式は2日午後5時(現地時間)から、バルセロナ市内のリセウ劇場(オペラハウス)で行われました。ロジャー・エチェガライ・カトリック枢機卿を議長に、リカルド・マリア・カルロス・ゴルド・バルセロナ大司教、ジュゼップ・ピケ・スペイン外務大臣、メイル・ラオ・ユダヤ教最高ラビ、ローラン・バグボ・コートジボワール大統領、庭野会長ら12人が壇上に居並び、次々とオープニングスピーチに立ちました。
庭野会長は、『共生の文明を構築する対話』と題してスピーチし、「私たちは次の歴史のページをめくるべく、共に立っています。次のページは、共生による恩恵をすべての人が分かち合える時代でなければなりません。世界の諸宗教は、人類共通の平和・善に向かって協働していくことを助けるという重要な役割を果たしていかなければなりません」と述べた。そして、宮沢賢治の『世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない』との言葉を引用し、「他の人の喜びと悲しみは私自身の喜びと悲しみであります。神仏の御名において、共に手を取り合って、共生の文明を築き上げてまいりましょう」と訴えかけました。
翌3、4の両日は、リセウ劇場、カタルーニャ自治政府庁、バルセロナ市役所などを会場にして、南北問題、環境、紛争和解、宗教対話、祈りなど19のテーマ別に分科会形式の実質討議が展開されました。庭野会長も、4つの分科会に出席。宗教間対話をテーマにした分科会では、自ら発言を求め、アッシジの流れをくんで日本で開催されている「比叡山宗教サミット」をより幅広い形で展開していくよう提案しました。
4日夕には、各会場で宗教別の「平和の祈り」が捧げられたあと、サン・ジャウマ広場に向かって全員が平和行進。閉会式は、バルセロナ大聖堂前の特設会場で開かれ、主催者あいさつ、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世からのメッセージ紹介、「平和の誓いの言葉」の調印、キャンドルへの献灯などが行われ、3日間の「祈りの集い」は、幕を閉じました。

庭野会長オープニングスピーチ

『共生の文明を構築する対話』
立正佼成会会長 庭野日鑛

【はじめに】

エチガレイ枢機卿閣下、ゴルドー・バルセロナ大司教閣下、ピケ・スペイン外務大臣閣下、宗教指導者の先生方、そしてご臨席の皆々様、私は今、このスペイン、バルセロナの地を訪れることができ、この上のない喜びを感じています。この素晴らしい機会を下さいましたバルセロナの皆さま並びに聖エジディオ共同体の皆さまに、一仏教徒といたしまして、衷心より感謝申し上げます。

私は、この開会式におきまして、二つの事柄について考えを述べたいと思います。第一に、「共生の文明を構築する対話」というテーマについて、第二は、平和と共生を構築していくために、世界の宗教者がいかにして協力していくべきかということについてであります。

【共生の文明を構築する対話】

テーマは、『共生の文明を構築する対話』です。共生の世界という私たちの共通の未来は、全世界規模で構築されなければならないことは言うまでもありません。私たちに投げかけられている課題は、「いかにして、私たちは共生の文明を構築できるか」というものです。

私たちは、異なる国籍、民族的背景、文化、言語、宗教を持っています。そして、それらの違いに執着・固執し、自分たちを他の人々と区別しがちになります。この執着・固執こそが、実は、人々の間に対立を生じさせ、共生の実現を阻んでいるのです。

私は、違いは違いで認めつつも、むしろ、それらの違いに執着・固執することなく、私たちの間に存在する共通点を積極的に見出していくことが大切であると信じます。ここで、仏教徒としてその教えをお伝えすることをお許し下さい。私は一仏乗の教えについて述べたいと思います。この一仏乗の教えは、生きとし生けるもの全てが、みな、仏性を現わして、一つの大いなる仏の乗物の上で生かされているという教えであります。それは、み仏が、宇宙の大法-智慧を悟られ、正覚を得られて、その大慈悲心から説かれた教えであります。この教えは、生きとし生けるもの全てが、一如の生命体として、仏性を現わしている、それ故に、みな、尊くかけがえのないものであり、お互いに合掌礼拝、尊重し合うように、自覚をうながしているのであります。

【私たちは、いかにして共生の文明を構築していけるか】

宗教者は、平和と共生の構築に向けて、いかにして、より大きな役割を果たせるのでしょうか。世界の諸宗教が、ともに共生のために行動を起こすには、まず、出会いと対話の場が必要になります。それは、宗教的相違を尊重して、それぞれの宗教から発する声に対して、謙虚に耳を傾ける寛容性と共に、生きとし生けるもの全てが、一つの大いなるいのちとして、お互いに関わり合いながら生かされているという共通の智慧の上に構築されなければなりません。

こうした出会いと対話が、諸宗教者の宗教協力という願いを育み、具体的な行動計画へと具現化する上で、真の助けとなっていくと私は信じます。この意味におきまして、私は、共生を目指した具体的な行動のための対話と協力の場づくりにご尽力されている聖エジディオ共同体の皆さまに、心からの敬意を表します。

私ども立正佼成会は、ご臨席の皆さまと共に、対話と宗教協力の大切さを分ち合い、今後も微力ではありますが、努力を続けてまいりたいと思います。

私たちは、次の歴史のページをめくるべく、共に立っています。次のページは、共生による恩恵をすべての人々が共に分ち合える時代でなければなりません。世界の諸宗教は、人類共通の平和・善に向かって協働していくことを助けるという重要な役割を果たしていかなければなりません。そのためには、宗教は、対話を通し、それぞれの相違を直視し、協力していくことを学ばねばなりません。

最後に、日本の仏教徒であり、詩人である宮沢賢治の言葉を引用したいと思います。

「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない」(宮沢賢治)

私たちは、一つの大いなる生命体として生かされている家族です。他の人の喜びと悲しみは私自身の喜びと悲しみであります。
神仏の御名において、共に手を取り合って、共生の文明を築き上げてまいりましょう。
皆々様、ご静聴、誠にありがとうございました。

合掌

(2001.09.05記載)