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2003年02月19日 第20回庭野平和賞が英国のP・エルワーズィ博士に決まる

「第20回庭野平和賞」の受賞者が、対話を礎とした反核平和活動を展開してきた英国のNGO(非政府機関)「オックスフォード・リサーチ・グループ(ORG)」の代表、プリシラ・エルワーズィ博士(59)に決定しました。庭野平和財団(庭野日鑛総裁、庭野欽司郎理事長)は2月19日午後、本会京都教会普門館で記者会見を開き、席上、庭野理事長が正式に発表しました。クェーカー教徒でもあるエルワーズィ博士は、ORGを拠点に核兵器の廃絶、武器輸出の削減、規制などを通して、世界の安全保障を高める役割に尽力。対話を介した「非暴力」による紛争予防や軍縮への働きかけは、『武力の世界での女性的探求』と評価されています。贈呈式は、5月8日、東京・新宿のセンチュリーハイアット東京で開かれ、庭野総裁から正賞として賞状、副賞として顕彰メダル、賞金2000万円が贈られます。

エルワーズィ博士は1943年6月、英国スコットランド・ガラシールズに生まれました。アイルランド・ダブリンのトリニティカレッジで社会学を専攻、卒業後はフランスや北アフリカの難民キャンプで働いています。その後、南アフリカ「クプガニ(栄養不良と闘う自己救済組織)」のコーディネーターとなり、アパルトヘイト(人種隔離政策)下の同国で最初のすべての人種に開かれた劇場設立に協力。1980年、コペンハーゲンで開催された「国連婦人の10年中間年世界女性会議」では、「平和研究と紛争解決における女性の役割」について調査、研究発表を行いました。
この間、UNESCO(国連教育科学文化機関)女性問題コンサルタントとしてフランスのマイノリティ人権擁護グループの研究主任に就任。アフリカや中東の一部の国々で女児に行われている女性器切除(FMG)に関する初のレポートを発表、WHO(世界保健機関)から注目を浴びました。
人権や平和研究に深い関心を寄せるエルワーズィ博士に転機が訪れたのは1982年、第2回国連軍縮特別総会への参加でした。総会開催と同時にニューヨークのセントラルパークでは、核軍縮を求める100万人規模のデモ行進が行われていました。平和を求めるシュプレヒコールと裏腹に、国連での軍縮の議事は遅々として進まず、市民の声などまったく届いていない実状に同博士は憂慮を抱きました。
この体験を契機に、エルワーズィ博士は「市民と"核兵器に関する重要な意思決定を行う人々"とのギャップを埋めることこそ、核軍縮を進展させる重要な一歩」と考え、以降、地道な調査活動を展開していくのです。同年、自宅を事務所にして「オックスフォード・リサーチ・グループ」が産声をあげました。現在、エルワーズィ博士が代表を務め、2人の専門調査員と20代の学生から80代まで13人のスタッフで運営されています。同研究所の問題解決の手法は「非暴力」であり、対話を基本に据えています。
同博士は、まず核兵器に関する重要な決定について「だれが意思決定者であるか」を調査。4年間、シンクタンクなどの図書館へ通い、核保有主要5カ国と核保有途上国の核兵器に関する意思決定のプロセスを調べ上げ、決定者の経歴リストを作成しました。
調査を進める過程で、核兵器に関する重要な決定は各国の議会で行われるのではなく、一部の専門家や閣僚、官僚によってなされている事実が判明しました。核に関する情報が議員や議会に十分に提供されていない現状に、同博士は各国の核兵器問題の背後にある「人為的要因」を明らかにすることで、核軍縮への歩を進めていきます。
調査結果を踏まえ、エルワーズィ博士は核兵器に関する意思決定の鍵を握る人物との対話を重ねました。各国の防衛省や外務省官僚、軍事計画者から兵器設計者、戦略専門家にいたるさまざまな人々と膝を交え、核兵器の廃絶や武器輸出の削減、規制について話し合いました。対話の輪は広がり、NGOや核兵器関係者など70のグループがORGのプロジェクトに参加しました。また、1992年、兵器取引問題に焦点があてられた際、同博士は関係者など50人と接触し、意見を聴取。解決策を導くために、兵器取引の当事者と専門家を集め、会議を主催しました。会議の結果は公表され、現実的なアプローチとして、OSCE(欧州安全保障協力機構)米国代表から「今までにない有益な報告」と賞賛の声が寄せられました。多様な立場の人々が敵対することなく、相手を尊重し、信頼を醸成しながら核兵器廃絶、核拡散防止の方途を模索していくことができたのは、同博士の傑出した人格によるところが少なくありませんでした。
クェーカー教徒であるエルワーズィ博士は、「質素」「平等」「共同体」「平和」を主な倫理規範としています。「非暴力」の観点から活動を展開するORGの活動には、クェーカー教徒の宗教的確信が反映されています。人間は皆、「神の子」として「うちなる光」を持つという博愛主義に裏打ちされた信念と真摯で現実的な努力が、軍縮への新たな潮流となりました。同博士の功績は、これまでノーベル平和賞に3度ノミネートされた実績からも明らかになっています。
エルワーズィ博士は昨年、紛争を解決するためのプロジェクト「ピース・ディレクト」を立ち上げました。紛争を「非暴力」によって解決しようとするグループへの支援が目的です。「非暴力」に関する訓練資材の提供、物的支援、メディアへの働きかけなどを通し、ORGのような「支援グループ」と「現場活動グループ」の有機的連携を目指し、市民が多様な形で平和活動に参画できる社会システムの構築に取り組んでいます。
エルワーズィ博士は20年余りの諸活動を振り返りながら、人々にこう訴えています。
「多様な人々が構成する巨大システムに立ち向かい、システムを変え、影響を与えたいと望むとき、『個人では何もできない』とあきらめることは間違いです。少数の仲間がいれば、一人の決定の結果をシステム全体に劇的に広げ、ついには、その意思決定を変えることができます」
核査察問題、核保有国が抱える矛盾点を考えるとき、エルワーズィ博士の言葉は、核兵器の全廃に向け、人々の心に強く響きます。
「非暴力」と「対話」の精神が、時としていかに大きな力となりうるか。エルワーズィ博士とORGの活動は、巨大な「軍事力」の威力にすがり続ける現代人に平和構築への価値転換を迫っています。

第20回庭野平和賞受賞者メッセージ

オックスフォード・リサーチ・グループ代表
プリシラ・エルワーズィ博士

庭野平和財団が私を第20回の庭野平和賞の受賞者として選んでいただきましたことは、私と同僚に大変栄誉なことであります。
来る日も来る日も、調停、信用構築、衝突回避の仕事に毎年、毎日、献身的に従事している幾千ものすべての人々の名において、私は喜んでこの賞を受けたいと思います。この仕事は多くの場合、報われません。彼らは昇給も受けられず、実際、この仕事に従事している人々の多くは給料すらもらっていません。彼らは勲章受賞者のリストにも載っていないし、実際、多くの場合、彼らの政府が、今彼らがやっていることを止めようとさえします。100万ドルを稼ぐのと同じようには尊敬もされません。それだけに、庭野平和財団がこのような賞を贈呈してくださることは大変ありがたく感謝しております。ORG(オックスフォード・リサーチ・グループ)に関係する人々にとっても、とても勇気づけられることです。私はこの栄誉を別の組織で同じような仕事をしている同僚たちと分かち合いたいと同時に、彼らの不屈の精神力と献身と能力に惜しみない喝采と敬意を表したいと思います。
この賞の授賞式はちょうど市民たちが集まって、中東における戦争に抗議する時期と重なります。集会は、東京、ロンドン、ワシントンでも行われます。誇張なしで世界中、何千もの町で行われます。この切迫した戦争への危機感が人々を目覚めさせる警鐘になったかのようです。彼らは国民の健康や教育を犠牲にして軍備を増強することが間違っていることを知っている人々です。彼らは"力は正義"ということを信じていません。彼らは異なる文化の普通の人々を思いやっている普通の人々です。ましてや、彼らの指導者の行動によって彼らが爆撃されてほしくないと思っています。彼らは問題解決に力よりも、もっと有効な方法があることを知っています。
皮肉なことに、この正義なき戦争の脅威によって平和活動家たちの間に、一種の共同性がもたらされました。それは彼らが日本にいようともエルサレムにいようとも、またはブラッドフォードやボストンにいようとも変わりありません。すべての人々は信仰や文化の違いにかかわらず、この危機において、お互いに思いやる気持ちや地球を思いやる気持ちに共通の精神のつながりを発見しています。インターネットや電子メールによって構築されたつながりは極めて重要なので、これを維持しなければなりません。これによって人々は自分と同じ考えを持っている人がいるというだけでなく、数千、いや数百万の人たちが立ち上がり、物事を行動に移す準備ができていることを知ることができます。
このように私たちはお互いの存在を確認できました。私たちは目覚めました。私たちの信じ、拠って立つことに、私たちの表現する力に、私たちが協力し合うことで生まれるすごい力に。起き上がった今、実行に移すときです。これらのつながりや共通の価値観を土台に、この星に対する私たちの愛を表現しましょう。私たちはやるべきことが、まだたくさんあります。それらのことを楽しく、愉快にできることを願っています。

(2003.02.28 記載)