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2014年08月25日 第8回ACRP大会での基調発題 抜粋 ACRP共同会長 WCRP日本委員会会長 立正佼成会会長 庭野日鑛

「アジアの多様性における一致と調和」

「第8回ACRP大会」が開催されるにあたり、基調発題の機会を頂きましたことに、深く感謝申し上げます。
今大会の総合テーマは、『アジアの多様性における一致と調和』であります。特に、多様であることをマイナス要因とするのではなく、平和構築への貴重な要素と捉え、その道筋を見いだすことが、重要な論点とされております。
世界には、国、民族、宗教、文化、言語など、実に多様な背景を持った人々が生活しています。特にアジア地域は、その傾向が顕著と言われます。
私は、多様であることは極めて自然なことであり、むしろ多様であるからこそ、人間社会は豊かになると受けとめています。
異なる存在を受け容(い)れ、尊重することは、自らを顧み、学び、向上する機縁となります。出会いを通して、他者に対する誤解や偏見を払拭(ふっしょく)し、正しい理解を深めることができます。新たな発想や価値観、行動が創造されることもあります。そのためには、互いに自己主張を抑える努力も必要となります。いわゆる「東洋の寛容の精神」は、そうした多様性の中から導き出された非常に大事な智慧(ちえ)であると思います。
また私どもは、多様性を受け容れ、尊重すると同時に、人間に具(そな)わる根本的な共通性に目を向けることが重要でありましょう。
人間は誰もが、子供の誕生を喜び、肉親を失えば悲嘆に暮れます。暴力におびえ、死をおそれます。欠点もあれば、長所もあります。
そして本来、人間は、心の奥底に「みんなと仲良く、調和して生きたい」という共通の願いを宿しています。
仏教の法華経に「願生(がんしょう)」の教えがあります。「私たちは、一切の生きとし生けるものが救われるように、幸せになるようにと、願ってこの世に生まれてきた」というものであります。宗教的な意味での人間の真実を教えています。
このことを、ある方は、「魂というものは、プログラムを持っている」と、独自な視点で説いています。
そのプログラムとは、宇宙に存在するすべての存在と〝調和〟を保ちながら生きるということであります。例えば、地球上のあるところで食糧がない、食べるものがない。一方で、自分だけは、自分の国だけは、と備蓄し、貯蔵するところがある。これでは〝不調和〟となってしまう。魂は、地球上の存在物を借りて、〝調和〟というプログラムを実践していく。自分だけは、というエゴを離れ、いかに宇宙の万物と調和するかそれが、それぞれの魂のテーマである、と説いています。
皆さまもご記憶のように、2011年3月、日本で東日本大震災が起こりました。そのニュースは、またたく間に世界を駆け巡り、震災発生から、わずか数日のうちに、中国、韓国などからレスキュー隊が派遣され、被災地で献身的な救援活動を展開してくださいました。
震災発生後、2カ月の間に、197の国・地域・国際機関から支援の申し出があり、23の国・地域が緊急援助隊を派遣、108の国・地域・国際機関から緊急物資、支援金が寄せられました。さらに民間レベルでの支援は、枚挙に暇(いとま)がありません。
国、民族、宗教、文化、言語などの相違を超え、同じ人間として、苦しみ、悲しみを共有し、懸命に手を差し伸べてくださる。言葉が通じなくとも、被災者の肩を抱いて、一緒に泣いてくださった緊急援助隊の方もおられました。今大会のテーマでもある一致、調和ということが、人間の本質、本性であることを、強く感じさせて頂いた出来事でございました。
震災に際しましては、アジア各国の諸宗教の方々からも、数々のご支援を頂戴(ちょうだい)致しました。日本の宗教者の一人として、あつく御礼申し上げる次第であります。
昨年私は、「第9回WCRP世界大会」でスピーチの機会を頂いた際、37年前、アメリカのNASAによって打ち上げられた探査機ボイジャー1号に関するエピソードを紹介しました。今大会のテーマ『アジアの多様性における一致と調和』にも深く関連することですので、改めてお伝えさせて頂きたいと思います。
ボイジャー1号は、木星、土星、天王星などの惑星探査を終え、太陽系を後にする時、64枚の写真を送ってきたそうです。そこには、65億㌔の彼方(かなた)から見た地球が映っていました。その写真を見たNASAの研究官は、次のように語っています。
「諸君、この写真をよく見てほしい。この針の先ほどの小さな点の中に諸君はいるのだ。諸君の家族も、かわいがっているペットも。さらに、諸君と戦おうとしている敵もこの中にいるのだ。すべてが、この小さな点の中にいることを忘れないでほしい。しかし、よく見てほしい。この小さな点の周りには、暗黒の空間があるだけで、もし、この小さな点、つまり地球に一大事が起こったとしても、どこからも救援に来てくれる気配は、まったくないということを!」
この研究官の言葉は、地球上の生きとし生けるものが、「宇宙船地球号」に同乗する運命共同体であり、本来は、皆が「家族」あるいは「兄弟姉妹」であることを強く訴えかけております。
しかし残念なことに、いまこの瞬間にも、世界各地で紛争が起こり、戦火のやむことはありません。
仏教では、さまざまな苦悩を生み出す根本原因は、「貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)」――つまり貪(むさぼ)り、怒り、愚かさなどに代表される煩悩にあると教えています。
貪りを、現代的に表現すれば、独占欲や支配欲といった自己中心的な心であります。怒りは、相手を怨(うら)み、ゆるそうとしない頑(かたく)なな感情です。愚かさは、真理に対する無知から生じる、人間としての分別を失っている状態です。
とりわけ怒りと怨みの心は、身近な人間関係のみならず、民族間、国家間の分断と対立を増幅させ、それが高じると、暴力に結びつきます。そして、攻撃すれば、相手は身構え、さらに反撃します。怨みに怨みで応じ、暴力に暴力で対抗することは、歴史が示すように、新たな暴力、絶えることのない不信と争いの連鎖を生み出します。

仏教の法句経に、有名な「怨みは怨みによって報いれば、ついに消えることはない。怨みを捨てるとき、それが消えるのである」という言葉があります。
この教えには、次のような説話があります。
ある日、一人の修行僧が、戒律を破るような行為をし、無罪を主張するグループと、破戒であるとするグループが対立し、暴力沙汰に及ぶほどになり、釈尊が仲介に入られたそうです。
釈尊は、全員を集めて、こんな話をされました。
「昔、コーサラ国に長寿王という名君がいて、大変繁栄していた。しかし、隣国の王が、コーサラ国の侵略をはかった。長寿王は、自分
が姿を消せば、戦争は収まると考え、山中に隠れた。そのお陰で大きな戦争にはならなかったが、コーサラ国は属国となり、長寿王も捕えられて、処刑されることになった。
長寿王には、長生太子(王子)という息子がいた。処刑される際、わが子を見つけた長寿王は、こう叫んだ。『もし私の仇(かたき)を討とうとする者があれば、仇はまた仇を生み、永遠に消えることはない。私のために人殺しをしてはならない』と。
しかし、長生太子の怨みは消えなかった。素性を隠して敵の王に近づき、狩りの供をすることになった。途中、疲れて王が眠り込んだ時、剣を抜いて刺そうとしたが、父の遺言が重く心にのしかかって、どうしても刺せなかった。
やがて王は目を覚まして言った。『不思議な夢を見た。長寿王の息子が私を刺そうとしたのだが、どうしたわけか剣を捨てて出て行った』と。
それを聞いた長生太子は、素性をあかし、自分のしようとしたことを正直に話した。すると王は、『太子よ。私はあなたに謝らなければならない。長寿王のような立派な王を殺してしまった。私は、あなたの親孝行な心と寛容な心によって、身心ともに生まれ変わった』と詫(わ)びて、二人は手を握り合った。
やがて王は、コーサラ国を長生太子に返し、以降、両国は兄弟のように仲良くなったという」
この話を終えられた釈尊は、「怨みは、怨みを捨てるとき、それが消えるのである」と修行僧たちに諭されました。そして、両派の争いは収まったと伝えられています。
「怨みを捨てる」ことは、人間にとって、決して容易なことではありません。根本的な解決を図るために、相手をゆるし、共生の道を探ることは、大変な忍耐と努力を必要とします。
しかし、「怨みを捨てる」ことは、まさに人類の悲願とも言うべきものであり、どんなに困難であろうとも、また多くの時間を必要としようとも、その道を一歩一歩進んでいかない限り、この世に、真の「一致と調和」を実現することは叶(かな)いません。
以上、申し上げてまいりましたように、私は一仏教徒として、釈尊が私たちに伝えたかった根本の精神は何であるかを、常に確認しつつ、精進を重ねてまいりたいと願っています。
この会場におられる諸宗教の代表の方々は、各自が尊ぶ信仰に生き、日々、人心の救済に取り組んでおられます。それぞれの国や民族にも、貴重な伝統や文化があります。一人ひとりの人間にも、他とは比べられない大事な人生があります。
すべての存在はみな尊く、かけがえのないものとして、合掌・礼拝(らいはい)する時、人々は自(おの)ずと一つとなり、認め合い、協力し合う大調和の世界が実現する――そのことを心に刻んで、皆さまと共に前進してまいりたいと思います。
私どもは皆、悠久の歴史と貴重な伝統があるアジア地域に生活しています。そして、先に述べたように、東洋の宗教伝統には、多様性を受け容れ、活かす寛容の精神が根づいています。また人間を自然の一部と捉え、自然との共生を目指す生き方を大切にしています。際限なく大きくなる欲望を抑制する気風もあります。
これらは、すべて世界的な諸課題の解決につながる貴重な智慧であります。
「アジア」という言葉は、「日の出の地」を意味するとも言われます。そのアジアに生きる宗教者として、世界を平和に導く、また世界が一つとなるような「光」を投げかけていく――それがACRPに課せられた大事な役割であると申せましょう。
本日から3日間にわたる会議が、『アジアの多様性における一致と調和』を目指し、実りあるものとなることを切に念願し、私の基調発題と致します。

(2014.9.05記載)