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2015年08月06日 WCRP日本委など3組織が広島で原爆投下70年シンポジウム 核兵器廃絶への道を探る


国内外の宗教者らが広島に集い、開催されたシンポジウム。核兵器廃絶の課題と今後の行動について意見が交わされました

WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会と聖エジディオ共同体、世界連邦日本宗教委員会主催による原爆投下70年シンポジウム「二度と戦争を起こさない――核兵器廃絶をめざして」が8月6日午後、広島市内のホテルで行われました。宗教者をはじめ国会議員、識者、市民250人が参集。立正佼成会からWCRP日本委理事の庭野光祥次代会長はじめ川端健之理事長(同日本委理事)、中村憲一郎総務局長が出席しました。

開会式では、田中恆清・世界連邦日本宗教委会長(神社本庁総長)があいさつ。次いで、平和首長会議会長である松井一實広島市長が歓迎あいさつに立ちました。この中で、松井市長は、同日午前の平和記念式典の平和宣言で、各国の為政者に対し、核兵器禁止に向けた法的枠組みの実現を目指す議論の開始と、「憎しみ」や「拒絶」ではなく「人類愛」と「寛容」に基づく対話を重ねるよう求めたことを紹介。この実現には市民社会の役割が重要と語り、宗教者をはじめ各界との連携に期待を寄せました。
続いて、ジョセフ・チェノットゥ駐日バチカン大使、ドメニコ・ジョルジ駐日イタリア大使のあいさつのあと、杉谷義純同日本委理事長(天台宗宗機顧問)、アルベルト・クワトルッチ聖エジディオ共同体事務局長が発題を行いました。
杉谷師は、「核兵器の非人道性」「核兵器禁止条約の締約の推進」「核兵器の非正当性」を主張。「私たち宗教者は核保有国に対し『核抑止政策を放棄するとともに、核の威嚇(いかく)に屈しない連帯と信頼を構築することこそ最も安全である』ことを強く訴えたい」と述べました。一方、クワトルッチ師は、「平和な未来を築くには、過去の痛みを忘れてはならない。過去の記憶が復讐(ふくしゅう)の理由であってはならず、平和な未来を築く学びと警告であるべき」と語り、「二度と戦争を起こさない」ための各界の連帯を呼びかけました。
このあと、広島東照宮の久保田訓章宮司が被爆証言。原爆投下直後の広島の惨状に触れながら、「こんな思いを、他の誰にもさせてはならない」とは、すべての被爆者の共通の強い思いであり、二度と過ちを繰り返してはならないと訴えました。
続く『核兵器廃絶の課題』をテーマにしたセッション1では、発題者としてウラジミール・ガルカベンコIPPNW(核戦争防止国際医師会議)共同会長が、コメンテーターとして三鍋裕同日本委核兵器廃絶・軍縮タスクフォース運営委員(日本聖公会横浜教区主教)とファイサル・ムアンマルKAICIID(アブドッラー国王宗教・文化間対話のための国際センター)事務総長が登壇。光祥次代会長がコーディネーターを務めました。
また、『今後の核兵器廃絶への行動』をテーマにしたセッション2では、発題者としてチャン・サンWCC(世界教会協議会)議長が、コメンテーターとして黒住宗道・黒住教副教主とアレン・ウェアPNND(核軍縮・不拡散議員連盟)グローバルコーディネーターが登壇。杉野恭一WCRP国際委副事務総長がコーディネーターを務め、意見が交わされました。
このあと、核兵器禁止条約締結の交渉を求める活動を展開することなどを盛り込んだ「共同アピール文」が発表されました。

原爆投下70年シンポジウム「二度と戦争を起こさない―核兵器廃絶をめざして―」共同アピール文

発題(要旨)
杉谷義純 WCRP日本委員会理事長

核兵器をめぐる国際環境は望ましい方向へ流れていません。ウクライナ問題をめぐるプーチン・ロシア大統領は、核による威嚇(いかく)ともいえる発言を繰り返しています。一方、中東における核拡散の危険性が懸念されます。5年に一度開催される核不拡散条約(NPT)再検討会議において、合意文書の採択が決裂してしまいました。核不拡散のみならず、核廃絶の機会が遠のくという、厳しい状況に直面しています。
そこで、宗教者の立場から提言したいと思います。一番目に指摘したいのは核兵器の非人道性です。核兵器使用の影響は深刻なものがあり、爆発による夥(おびただ)しい死傷者数に加え、生存者にも放射能による後遺症を及ぼします。さらに環境、生態系の破壊、経済活動の停滞などももたらします。
二番目に核兵器禁止条約締結の推進を主張します。被爆者は、二度と同じ苦しみを人々に与えてはいけないという気持ちから核廃絶を訴えてきました。そこで、米国をはじめ核兵器保有国の指導者が広島を訪問され、核兵器の非人道性を再認識し、その使用禁止に取り組んでほしいのです。
三番目に核兵器の非正当性の訴えを主張します。核抑止論はその本質において、相手に対する疑念、威嚇、脅迫、詭計(きけい)といった人間間の不信がもとにあり、疑心暗鬼の関係が憎悪を助長して、むしろ核使用を高める危険性があります。私たち宗教者は核保有国に対し、「核抑止政策を放棄するとともに、核の威嚇に屈しない連帯と信頼を構築することこそ最も安全である」と強く訴えます。
さらに、日本政府は、米国の核の傘のもとにあることが核抑止になるという政策により、核軍縮・廃絶に積極性が足りないと指摘されます。世界唯一の被爆国として政府には、核廃絶に向け有効かつ積極的な対策を願うものであります。
1978年の第1回国連軍縮特別総会でWCRPは次のことを訴えました。「今や計画的・偶発的もしくはテロ行為による核戦争の危険性が、究めて増大しつつある。軍備競争によって人類が滅亡させられる前に、人類が軍備競争を終わらせなければならない。最も基本的な人権とは、人類の生存に他ならない」。
このメッセージが色褪(あ)せていないのは残念です。ここに改めて核廃絶の日が一日も早く訪れることを心から祈るものであります。

発題(要旨)
アルベルト・クワトルッチ 聖エジディオ共同体事務局長

原爆投下の悲劇から70年、今日、共に宣言しましょう、「二度と戦争を起こさない」と。
この宣言は、人類の心から、暴力と戦争で疲弊した地球から湧き上がるものです。自らが暮らす暴力に溢(あふ)れた世界に、平和を築く誓約でもあります。
今日、世界はグローバル化が進む一方、分断化も見られ、その兆候が文化や宗教の中にも見受けられます。ローマ教皇フランシスコは、地域紛争や大量虐殺、破壊の状況に触れ、第三次世界大戦が起きていると述べています。平和構築のためには、宗教や文化、政治、経済の各分野が協力し、新たな誓約を結ぶ必要があります。開かれた建設的な対話を通し、協力する――。科学と宗教は現実に対し、違うアプローチを取りますが、生産的な対話は可能と教皇は述べています。
そして今日、広島の悲劇を思い起こしましょう。過去の痛みを忘れてはなりません。過去の記憶を復讐(ふくしゅう)の理由にするのではなく、平和な未来を築くための学びや警告と捉えるべきです。記憶を消してしまうと、過ちを繰り返してしまいます。
約100年前の「アルメニア人虐殺」は、忘れ去られた悲劇です。アドルフ・ヒトラーはユダヤ人虐殺に際し、第一次世界大戦中に起きたこの悲劇を参考にしたとされています。ポーランド侵攻においても、「アルメニア人虐殺」への人々の無関心を引き合いに、市民の虐殺が将来、問題化することはないだろうと語りました。これは、非常に危険な出来事です。
現在、極右や国粋主義の運動が各地で盛り上がり、歴史の教訓を無視して少数派に対する差別や暴力が繰り返されています。彼らが疎外し排除しようとする対象は、移民や病気に冒された人、高齢者などの社会的弱者です。彼らは、「世界の浄化」の名の下に、自分たちとは異なると認識した人々を、排除しようとしているのです。
今日、共に宣言しましょう、「二度と戦争を起こさない」と。共に平和な世界をつくりましょう。私たちの団結は、非暴力による力です。人類が共に協力し、共通の未来を願うことができれば、平和の実現は可能なはずです。
私たちは平和のメッセージを高らかに宣言しましょう。今日、広島から発信したいのです。

発題(要旨)
久保田訓章 広島東照宮宮司

原爆が投下された時、私は中学校1年生で、農村動員先の東広島にいました。市内にいた他の中学校・女学校の1年生約6000人はほぼ全滅。友は、皆、逝きました。
3日後、貨物列車で広島市に戻りましたが、広島駅前は見渡す限りの焼け野原で、熱気と異臭に満ち、道の脇には黒く焼け膨れ上がった兵士の遺体が横たわっていました。両親や祖父母の待つ東照宮の石段下の境内には、木陰とわずかな清水を求め、やけどに苦しみ、放射能でぐったりとうつろになりながら、肉親を待つ人などが横たわっていました。
白いモンペ姿の女学生は私と目が合い小さな声で「水をください」と言いましたが、私は掌で否定すると、彼女は、大伴家持の『海行かば』を口ずさみ、そのまま息絶えました。なぜあの時に、お水を持って行かなかったのか、いまだに悔悟の情は消えません。
広島生まれの詩人・原民喜は、原爆の翌日東照宮境内にたどり着き一夜を野宿して、この場所の凄惨(せいさん)な場面を『原爆詩集』に留めました。私はその翌日、ほぼ同じ体験をしたと思っています。「伝えることが天命」「自分の為に生きるな」「嘆きの為だけに生きよ」という言葉は、彼が亡くなった今も被爆者の心に生きています。
「こんな思いを、他の誰にもさせてはならない」。これは被爆者に共通した強い思いです。被爆者の平均年齢は80歳を超え、自らの体験を語り、実相をどう伝えていけばよいか問われています。
平和記念公園の原爆慰霊碑に「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻まれています。「被爆者や広島市民がなぜ謝るのか」と大きな論争が起こりました。しかし、「われわれ人類は、過ちを繰り返さない」と多くの被爆者や市民が解釈することで決着しました。悲しみや憎しみを乗り越え和解の道を提示しました。不条理への怒りは抑えております。
慰霊碑の前にたたずめば、自ずと、咎(とが)めることも恨むこともなく、平らな心をもって、祈り、ゆるす、清浄の場だと気付かれるでしょう。これが「広島の心」だと思います。

セッション1発題(要旨)
ウラジミール・ガルカベンコ IPPNW(核戦争防止国際医師会議)共同会長

IPPNWは30年前、東西冷戦の最中に設立されました。二つの陣営の対立が核戦争の間際まで及んだ状況に、ソ連と米国の医師からなる小さなグループは、イデオロギーよりも生存を図ることの方がはるかに上回ると考えたのです。
IPPNWは、医療関係者や政治指導者をはじめ広く市民に対し、核戦争による健康や環境への影響を伝えてきました。核戦争における勝者はいません。その使用は、最終的に私たちの文明を死に追いやります。
しかし、21世紀になっても、世界の安全は到来しませんでした。多くの武力紛争が起こり、核による脅威と核拡散は現在も深刻な問題です。
ロシア、米国では、核抑止力がいまだに安全保障の要になっています。仮想敵をつくることで、団結の機運を高め、軍を維持することができます。しかし、その結果、世界的に軍事支出が増加し、医療、教育、環境、持続可能な開発に充てる予算が減っています。不信や恐怖のために巨費が投じられるのは悲しいことです。
核兵器に、軍事的、政治的有用性はありません。テロリストの抑止にもなりません。むしろ、核兵器保有国は、テロの標的になる危険性が高まります。限定的な影響にとどまる核戦争などなく、世界的な危機を招き、地球を脅威にさらします。
IPPNWなどの国際NGOが協力し、ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)を立ち上げましたが、世界的なさらなる支援が必要です。
自由な世界、核兵器のない世界に生きたい――一緒に頑張りましょう。

セッション2発題(要旨)
チャン・サン WCC議長

核兵器が戦争に使用された場合、都市が焦土と化すばかりでなく、爆発で生じたすすが太陽をさえぎり、気候や農業に深刻な影響を与えることでしょう。それにより、約20億人の命が失われるかもしれません。今後、核兵器が使用されない唯一の手段は、核兵器を廃絶することです。
被爆者の証言に耳を傾け、もう誰も同じ目に遭わないようにしなければなりません。核兵器によって他者の命を脅かすことは、神が創造したものを破壊しようとする罪深い行いであります。大量破壊兵器を保有することが、自らの命を守る正当な手段であると認めてはならず、信念として共有されていかなければなりません。
さらに大切なことは、仲間と共に、その信念を行動に移していくことです。かつて、世界中で大量破壊兵器を用いた戦争や暴力行為が繰り返されましたが、その非人道性から、大量破壊兵器である化学兵器や生物兵器に加え、地雷やクラスター爆弾などの使用が条約により禁止されました。最も威力の大きい核兵器を禁止することは、簡単ではありませんが、不可能ではないはずです。
倫理的、道徳的な立場から核兵器の使用を禁ずる国際法の整備が急がれます。そのために宗教者が力を発揮することが重要で、まずは、仲間の信者と願いを同じくして行動することが求められます。そうした行動が地域や国内に広がり、同時に他宗教の人々や市民社会と連携を図ることで政府に発言することができるようになります。
私たちは、人類がより良く生きる共通善の貢献をしなければなりません。全人類のために尽くすことは正しいだけでなく、必要なことなのです。自分の運命は、他者の運命とつながり合っていることを意識し、行動する。そのことが、今、必要とされます。すべての人々の命を守れないと、誰の命も本当の意味で安全とはいえないのです。
自国の政府が核兵器を禁止する条約に批准するよう、政府に求めましょう。繰り返し訴え続けましょう。

(2015年8月20日記載)