『経典』に学ぶ

妙法蓮華経 如来寿量品第十六

経文

我(われ)仏(ほとけ)を得(え)てより来(このかた)。経(へ)たる所(ところ)の諸(もろもろ)の劫(こっ)数(しゅ)。無(む)量(りょう)百(ひゃく)千(せん)万(まん)。億(おく)載(さい)阿(あ)僧(そう)祇(ぎ)なり。常(つね)に法(ほう)を説(と)いて。無(む)数(しゅ)億(おく)の衆(しゅ)生(じょう)を教(きょう)化(け)して。仏(ぶつ)道(どう)に入(い)らしむ。爾(しか)しより来(このかた)無(む)量(りょう)劫(こう)なり。衆(しゅ)生(じょう)を度(ど)せんが為(ため)の故(ゆえ)に。方(ほう)便(べん)して涅(ね)槃(はん)を現(げん)ず。而(しか)も実(じつ)には滅(めつ)度(ど)せず。常(つね)に此(ここ)に住(じゅう)して法(ほう)を説(と)く。我(われ)常(つね)に此(ここ)に住(じゅう)すれども。諸(もろもろ)の神(じん)通(づう)力(りき)を以(もっ)て。顚(てん)倒(どう)の衆(しゅ)生(じょう)をして。近(ちか)しと雖(いえど)も而(しか)も見(み)ざらしむ。衆(しゅ)我(わ)が滅(めつ)度(ど)を見(み)て。広(ひろ)く舎(しゃ)利(り)を供(く)養(よう)し。咸(ことごと)く皆(みな)恋(れん)慕(ぼ)を懐(いだ)いて。渇(かつ)仰(ごう)の心(こころ)を生(しょう)ず。衆(しゅ)生(じょう)既(すで)に信(しん)伏(ぶく)し。質(しち)直(じき)にして意(こころ)柔(にゅう)輭(なん)に。一(いっ)心(しん)に仏(ほとけ)を見(み)たてまつらんと欲(ほっ)して。自(みずか)ら身(しん)命(みょう)を惜(おし)まず。時(とき)に我(われ)及(およ)び衆(しゅ)僧(そう)。倶(とも)に霊(りょう)鷲(じゅ)山(せん)に出(い)ず。我(われ)時(とき)に衆(しゅ)生(じょう)に語(かた)る。常(つね)に此(ここ)にあって滅(めっ)せず。方(ほう)便(べん)力(りき)を以(もっ)ての故(ゆえ)に。滅(めつ)不(ふ)滅(めつ)ありと現(げん)ず。余(よ)国(こく)に衆(しゅ)生(じょう)の。恭(く)敬(ぎょう)し信(しん)楽(ぎょう)する者(もの)あれば。我(われ)復(また)彼(か)の中(なか)に於(おい)て。為(ため)に無(む)上(じょう)の法(ほう)を説(と)く。汝(なん)等(だち)此(こ)れを聞(き)かずして。但(ただ)我(われ)滅(めつ)度(ど)すと謂(おも)えり。我(われ)諸(もろもろ)の衆(しゅ)生(じょう)を見(み)れば。苦(く)海(かい)に没(もつ)在(ざい)せり。故(かるがゆえ)に為(ため)に身(み)を現(げん)ぜずして。其(そ)れをして。渇(かつ)仰(ごう)を生(しょう)ぜしむ。其(そ)の心(こころ)恋(れん)慕(ぼ)するに因(よ)って。乃(すなわ)ち出(い)でて為(ため)に法(ほう)を説(と)く。神(じん)通(づう)力(りき)是(かく)の如(ごと)し。阿(あ)僧(そう)祇(ぎ)劫(こう)に於(おい)て。常(つね)に霊(りょう)鷲(じゅ)山(せん)。及(およ)び余(よ)の諸(もろもろ)の住(じゅう)処(しょ)にあり。衆(しゅ)生(じょう)劫(こう)尽(つ)きて。大(だい)火(か)に焼(や)かるると見(み)る時(とき)も。我(わ)が此(こ)の土(ど)は安(あん)穏(のん)にして。天(てん)人(にん)常(つね)に充(じゅう)満(まん)せり。園(おん)林(りん)諸(もろもろ)の堂(どう)閣(かく)。種(しゅ)種(じゅ)の宝(たから)をもって荘(しょう)厳(ごん)し。宝(ほう)樹(じゅ)花(け)果(か)多(おお)くして。衆(しゅ)生(じょう)の遊(ゆ)楽(らく)する所(ところ)なり。諸(しょ)天(てん)天(てん)鼓(く)を撃(う)って。常(つね)に諸(もろもろ)の伎(ぎ)楽(がく)を作(な)し。曼(まん)陀(だ)羅(ら)華(け)を雨(ふ)らして。仏(ほとけ)及(およ)び大(だい)衆(しゅ)に散(さん)ず。我(わ)が浄(じょう)土(ど)は毀(やぶ)れざるに。而(しか)も衆(しゅ)は焼(や)け尽(つ)きて。憂(う)怖(ふ)諸(もろもろ)の苦(く)悩(のう)。是(かく)の如(ごと)き悉(ことごと)く充(じゅう)満(まん)せりと見(み)る。是(こ)の諸(もろもろ)の罪(つみ)の衆(しゅ)生(じょう)は。悪(あく)業(ごう)の因(いん)縁(ねん)を以(もっ)て。阿(あ)僧(そう)祇(ぎ)劫(こう)を過(す)ぐれども。三(さん)宝(ぼう)の名(みな)を聞(き)かず。諸(もろもろ)の有(あら)ゆる功(く)徳(どく)を修(しゅ)し。柔(にゅう)和(わ)質(しち)直(じき)なる者(もの)は。則(すなわ)ち皆(みな)我(わ)が身(み)。此(ここ)にあって法(ほう)を説(と)くと見(み)る。或(ある)時(とき)は此(こ)の衆(しゅ)の為(ため)に。仏(ぶつ)寿(じゅ)無(む)量(りょう)なりと説(と)く。久(ひさ)しくあって乃(いま)し仏(ほとけ)を見(み)たてまつる者(もの)には。為(ため)に仏(ほとけ)には値(あ)い難(がた)しと説(と)く。我(わ)が智(ち)力(りき)是(かく)の如(ごと)し。慧(え)光(こう)照(てら)すこと無(む)量(りょう)に。寿(じゅ)命(みょう)無(む)数(しゅ)劫(こう)。久(ひさ)しく業(ごう)を修(しゅ)して得(う)る所(ところ)なり。汝(なん)等(だち)智(ち)あらん者(もの)。此(ここ)に於(おい)て疑(うたがい)を生(しょう)ずることなかれ。当(まさ)に断(だん)じて永(なが)く尽(つ)きしむべし。仏(ぶつ)語(ご)は実(じつ)にして虚(むな)しからず。医(い)の善(よ)き方(ほう)便(べん)をもって。狂(おう)子(じ)を治(じ)せんが為(ため)の故(ゆえ)に。実(じつ)には在(あ)れども而(しか)も死(し)すというに。能(よ)く虚(こ)妄(もう)を説(と)くものなきが如(ごと)く。我(われ)も亦(また)為(こ)れ世(よ)の父(ちち)。諸(もろもろ)の苦(く)患(げん)を救(すく)う者(もの)なり。凡(ぼん)夫(ぶ)の顚(てん)倒(どう)せるを為(もっ)て。実(じつ)には在(あ)れども而(しか)も滅(めっ)すと言(い)う。常(つね)に我(われ)を見(み)るを以(もっ)ての故(ゆえ)に。而(しか)も憍(きょう)恣(し)の心(こころ)を生(しょう)じ。放(ほう)逸(いつ)にして五(ご)欲(よく)に著(じゃく)し。悪(あく)道(どう)の中(なか)に堕(お)ちなん。我(われ)常(つね)に衆(しゅ)生(じょう)の。道(どう)を行(ぎょう)じ道(どう)を行(ぎょう)ぜざるを知(し)って。度(ど)すべき所(ところ)に随(したが)って。為(ため)に種(しゅ)種(じゅ)の法(ほう)を説(と)く。毎(つね)に自(みずか)ら是(こ)の念(ねん)を作(な)す。何(なに)を以(もっ)てか衆(しゅ)生(じょう)をして。無(む)上(じょう)道(どう)に入(い)り。速(すみや)かに仏(ぶっ)身(しん)を成(じょう)就(じゅ)することを得(え)せしめんと。

現代語訳

「私(わたし)が仏(ほとけ)となってから、これまでに経(た)った時(じ)間(かん)は無(む)量(りょう)・無(む)限(げん)です。そのあいだ私(わたし)は、常(つね)に真(しん)実(じつ)の教(おし)えを説(と)き、無(む)数(すう)の衆(しゅ)生(じょう)を教(きょう)化(け)して仏(ぶつ)道(どう)に導(みちび)きました。そのときからもまた、無(む)量(りょう)の月(つき)日(ひ)が経(た)っているのです。
私(わたし)は衆(しゅ)生(じょう)を救(すく)う手(しゅ)段(だん)の一(ひと)つとして、この世(よ)から姿(すがた)を消(け)したこともありますが、実(じっ)際(さい)は滅(めつ)度(ど)(入(にゅう)滅(めつ))したのではなく、常(つね)にこの娑(しゃ)婆(ば)世(せ)界(かい)にいて法(ほう)を説(と)いているのです。 私(わたし)は常(つね)にこの世(せ)界(かい)にいるのですが、自(じ)由(ゆう)自(じ)在(ざい)な神(じん)通(づう)力(りき)によって、顚(てん)倒(どう)している(何(なに)ごとも自(じ)分(ぶん)中(ちゅう)心(しん)に考(かんが)え、ものごとの真(しん)実(じつ)を見(み)ようとしない)衆(しゅ)生(じょう)には姿(すがた)が見(み)えないようにするのです。
衆(しゅ)生(じょう)は、私(わたし)が入(にゅう)滅(めつ)したのを見(み)て、舎(しゃ)利(り)をまつって供(く)養(よう)をし、そこではじめて真(しん)剣(けん)に仏(ほとけ)の教(おし)えを求(もと)めようという心(こころ)を起(お)こします。求(ぐ)道(どう)の心(こころ)を起(お)こした衆(しゅ)生(じょう)は、教(おし)えを心(こころ)から信(しん)じ、柔(やわ)らかく素(す)直(なお)な心(こころ)で、仏(ほとけ)とともにいるという自(じ)覚(かく)を得(え)ようと、命(いのち)をも惜(お)しまないほどの真(しん)剣(けん)さで努(ど)力(りょく)します。
このような人(ひと)びとが多(おお)くなれば、私(わたし)は弟(で)子(し)たちとこの世(よ)に出(で)てきて、『私(わたし)は常(つね)にここにいますが、教(きょう)化(け)の手(しゅ)段(だん)として必(ひつ)要(よう)だと思(おも)われるときに入(にゅう)滅(めつ)を見(み)せるのです。また、この世(せ)界(かい)以(い)外(がい)の場(ば)所(しょ)でも、正(ただ)しい教(おし)えを敬(うやま)い、信(しん)じ、聞(き)きたいと願(ねが)う人(ひと)たちがいれば、私(わたし)はその人(ひと)たちの前(まえ)にも現(あら)われて無(む)上(じょう)の法(ほう)を説(と)きます』と衆(しゅ)生(じょう)に語(かた)ります。多(おお)くの人(ひと)は、このことを知(し)らないために、私(わたし)が滅(めつ)度(ど)するのだと思(おも)い込(こ)んでいるのです。
仏(ほとけ)の眼(まなこ)で衆(しゅ)生(じょう)を見(み)ると、多(おお)くの人(ひと)は苦(く)の海(うみ)に沈(しず)んで、苦(くる)しみもがいています。さればこそ、私(わたし)はわざと身(み)を現(あら)わさないで、衆(しゅ)生(じょう)に自(みずか)ら仏(ほとけ)を求(もと)める気(き)持(も)ちを起(お)こさせるのです。
仏(ほとけ)を恋(れん)慕(ぼ)する心(こころ)が人(ひと)びとに起(お)これば、すぐに身(み)を現(あら)わして、その人(ひと)たちのために法(ほう)を説(と)きます。仏(ほとけ)の神(じん)通(づう)力(りき)とはこのようなものであって、無(む)限(げん)の過(か)去(こ)から無(む)限(げん)の未(み)来(らい)まで、娑(しゃ)婆(ば)世(せ)界(かい)およびその他(た)の世(せ)界(かい)に仏(ほとけ)は存(そん)在(ざい)しているのです。
衆(しゅ)生(じょう)の目(め)で見(み)ると、世(せ)界(かい)全(ぜん)体(たい)が大(たい)火(か)に焼(や)かれてしまうような時(じ)代(だい)になっても、仏(ほとけ)の国(くに)は安(あん)穏(のん)であって、天(てん)上(じょう)界(かい)の者(もの)や人(にん)間(げん)界(かい)の者(もの)がたくさん集(あつ)まり、楽(たの)しい生(せい)活(かつ)を送(おく)っています。美(うつく)しい花(はな)園(ぞの)や静(しず)かな林(はやし)、光(ひかり)輝(かがや)く宝(ほう)玉(ぎょく)によって飾(かざ)られた立(りっ)派(ぱ)な建(たて)物(もの)がたくさんあります。木(き)々(ぎ)には美(うつく)しい花(はな)が咲(さ)き、豊(ゆた)かな実(み)がなっていて、その下(した)で人(ひと)びとは何(なん)の憂(うれ)いもなく遊(あそ)んでいます。天(てん)人(にん)は妙(たえ)なる音楽(おんがく)を奏(かな)で、曼(まん)陀(だ)羅(ら)華(け)の花(はな)びらを雨(あめ)のように、仏(ほとけ)や人(ひと)びとの上(うえ)に散(さん)じています。
仏(ほとけ)の眼(まなこ)から見(み)た世(せ)界(かい)は、このように平(へい)和(わ)で美(うつく)しいのですが衆(しゅ)生(じょう)の目(め)から見(み)ると、あたかも大(たい)火(か)に焼(や)かれるがごとく、不(ふ)安(あん)や恐(きょう)怖(ふ)に満(み)ちているように見(み)えるのです。このような衆(しゅ)生(じょう)は、よくない行(おこ)ないを積(つ)み重(かさ)ねるために、長(なが)い年(ねん)月(げつ)が経(た)っても三(さん)宝(ぼう)(仏(ぶつ)・法(ほう)・僧(そう))の名(な)を聞(き)くことができません。
反(はん)対(たい)に、世(よ)のため人(ひと)のためにさまざまな善(ぜん)行(こう)をなし、心(こころ)が柔(にゅう)和(わ)で素(す)直(なお)な者(もの)は、私(わたし)がいつもそばにいて常(つね)に法(ほう)を説(と)いている姿(すがた)を見(み)る(自(じ)覚(かく)する)ことができるのです。そのような人(ひと)びとに対(たい)して、あるときは『仏(ほとけ)の寿(じゅ)命(みょう)は限(かぎ)りないものであって、無(む)始(し)無(む)終(しゅう)である』と説(と)きます。長(なが)いあいだかかって、ようやく仏(ほとけ)の存(そん)在(ざい)を知(し)った人(ひと)には、『仏(ほとけ)に出(で)会(あ)うことは難(むずか)しいのだから、いま出(で)会(あ)えた喜(よろこ)びを胸(むね)に刻(きざ)んで、怠(おこた)らず励(はげ)むのですよ』と説(と)くこともあるのです。
仏(ほとけ)の智(ち)慧(え)の力(ちから)はこのように大(おお)きいものであり、その智(ち)慧(え)の光(ひかり)が照(て)らしだす世(せ)界(かい)は無(む)量(りょう)です。また、仏(ほとけ)の寿(じゅ)命(みょう)も無(む)量(りょう)であって、それは長(なが)いあいだ善(ぜん)業(ごう)を積(つ)んで得(え)た寿(じゅ)命(みょう)なのです。
ほんとうの智(ち)慧(え)を求(もと)めようとしているみなさんは、仏(ほとけ)の寿(じゅ)命(みょう)が永(えい)遠(えん)であり、智(ち)慧(え)の力(ちから)が無(む)限(げん)であることを疑(うたが)ってはなりません。もし、疑(うたが)いを起(お)こすような迷(まよ)いの心(こころ)があれば、永(えい)久(きゅう)に断(た)ち切(き)ってしまわなければなりません。仏(ほとけ)の言(こと)葉(ば)は、すべて真(しん)実(じつ)なのです。
先(さき)に述(の)べた譬(たと)え話(ばなし)において、毒(どく)を飲(の)んで本(ほん)心(しん)を失(うしな)ってしまった子(こ)どもたちを治(なお)すために、医(い)師(し)が善(よ)い方(ほう)便(べん)をもって、実(じっ)際(さい)は死(し)んでいないのに『死(し)んだ』と告(つ)げさせたことを、だれもとがめたりしないのと同(おな)じように、仏(ほとけ)が姿(すがた)を見(み)えなくするのも決(けっ)してうそ、偽(いつわ)りではありません。
私(わたし)は父(ちち)です。世(よ)の父(ちち)です。さまざまな苦(く)悩(のう)を抱(かか)える衆(しゅ)生(じょう)を救(すく)う者(もの)です。いつも衆(しゅ)生(じょう)のそばにいて、その苦(くる)しみを除(のぞ)こうとしているのですが、凡(ぼん)夫(ぷ)の心(こころ)が顚(てん)倒(どう)しているので、その真(しん)実(じつ)を見(み)ることができません。そこで、その目(め)を覚(さ)まさせるために、実(じっ)際(さい)はそばにいても『時(じ)期(き)がくれば姿(すがた)を消(け)すのだ』と告(つ)げるのです。
もし、いつでも仏(ほとけ)に会(あ)えるのだということになれば、衆(しゅ)生(じょう)にわがままな心(こころ)が生(しょう)じて五(ご)欲(よく)に執(しゅう)着(ちゃく)する(己(おのれ)の欲(よく)望(ぼう)にとらわれる)ため、修(しゅ)羅(ら)(争(あらそ)いの世(せ)界(かい))や地(じ)獄(ごく)(怒(いか)りの世(せ)界(かい))などもろもろの悪(あく)道(どう)の苦(くる)しみが人(じん)生(せい)に現(あら)われてくるのです。
私(わたし)は衆(しゅ)生(じょう)のすべてを常(つね)に見(み)とおして、ある者(もの)はよく仏(ほとけ)の道(みち)を行(ぎょう)じており、ある者(もの)は行(ぎょう)じていないということを知(し)り尽(つ)くしていますから、衆(しゅ)生(じょう)の心(こころ)がけや教(おし)えを理(り)解(かい)する力(ちから)に応(おう)じて、適(てき)切(せつ)な方(ほう)法(ほう)を選(えら)び、さまざまに法(ほう)を説(と)いてあげるのです。とはいえ、どんな衆(しゅ)生(じょう)に対(たい)しても、私(わたし)の本(ほん)心(しん)は少(すこ)しも変(か)わりません。どうしたら衆(しゅ)生(じょう)を仏(ほとけ)の道(みち)に導(みちび)き入(い)れることができるだろうか、どうしたら速(すみ)やかに仏(ほとけ)の境(きょう)地(ち)に達(たっ)せしめることができるだろうかと、常(つね)にそれのみを念(ねん)じているのです」

〈神(じん)通(づう)力(りき)〉──ここで言(い)う神(じん)通(づう)力(りき)とは、修(しゅ)行(ぎょう)などによって得(え)られる不(ふ)思(し)議(ぎ)な力(ちから)ということではありません。久(く)遠(おん)実(じつ)成(じょう)の本(ほん)仏(ぶつ)は、宇(う)宙(ちゅう)の一(いっ)切(さい)のものを生(い)かしている根(こん)源(げん)の大(だい)生(せい)命(めい)ですから、自(じ)由(ゆう)自(じ)在(ざい)の力(ちから)を持(も)っておられます。その力(ちから)を表(ひょう)現(げん)しているのです。
〈霊(りょう)鷲(じゅ)山(せん)〉──釈(しゃく)尊(そん)が法(ほ)華(け)経(きょう)を説(と)かれた場(ば)所(しょ)が霊(りょう)鷲(じゅ)山(せん)であったために、こうおっしゃられたのであって、真(まこと)の意(い)味(み)は「この世(よ)」ということです。私(わたし)たちが仏(ほとけ)の教(おし)えを聞(き)くところは、どんな場(ば)所(しょ)であっても、そこが霊(りょう)鷲(じゅ)山(せん)なのです。
〈余(よ)国(こく)〉──娑(しゃ)婆(ば)世(せ)界(かい)以(い)外(がい)の国土(こくど)ということですが、宇宙(うちゅう)のありとあらゆる場(ば)所(しょ)という意(い)味(み)にとらえるといいでしょう。
〈曼(まん)陀(だ)羅(ら)華(け)〉──天(てん)上(じょう)界(かい)に咲(さ)く花(はな)で、見(み)る人(ひと)の心(こころ)を喜(よろこ)ばせずにはおかない、美(うつく)しい花(はな)のことです。
〈罪(つみ)の衆(しゅ)生(じょう)〉──仏(ぶっ)教(きょう)でいう罪(つみ)とは、必(かなら)ずしも悪(わる)いことをしたという意(い)味(み)だけではなく、煩(ぼん)悩(のう)に振(ふ)り回(まわ)されて、自(みずか)らの仏(ぶっ)性(しょう)をくらましてしまっていることもいいます。
〈三(さん)宝(ぼう)の名(みな)を聞(き)かず〉 ──仏(ほとけ)さまに会(あ)うことも、仏(ほとけ)さまの教(おし)えにふれることも、教(おし)えを求(もと)める仲(なか)間(ま)に入(い)れてもらう機(き)会(かい)にも恵(めぐ)まれないということです。
〈慧(え)光(こう)照(てら)すこと無(む)量(りょう)に〉──仏(ほとけ)の智(ち)慧(え)の光(ひかり)が照(て)らしだす世(せ)界(かい)は無(む)量(りょう)であるということは、いつ、いかなる場(ば)所(しょ)でも、迷(まよ)いの闇(やみ)にいる衆(しゅ)生(じょう)に救(すく)いの力(ちから)を与(あた)え、仏(ぶっ)性(しょう)を輝(かがや)かせる働(はたら)きをするということです。したがって、すべての人(ひと)が必(かなら)ず真(しん)理(り)に目(め)覚(ざ)めることができるという意(い)味(み)です。

意味と受け止め方

永(えい)遠(えん)のいのちに生(い)きる

これまでに釈(しゃく)尊(そん)は、譬(たと)え話(ばなし)や過(か)去(こ)世(せ)の物(もの)語(がたり)などを用(もち)いながら、「人(にん)間(げん)の本(ほん)質(しつ)は仏(ぶっ)性(しょう)である」ということを、くり返(かえ)しお説(と)きになられました。説(せっ)法(ぽう)を聞(き)いていた人(ひと)びとも順(じゅん)々(じゅん)に、自(みずか)らが本(ほん)仏(ぶつ)のいのちの顕(あら)われであることに目(め)覚(ざ)め、自(じ)分(ぶん)が仏(ほとけ)の子(こ)であるという自(じ)覚(かく)に立(た)つことができるようになってきました。
人(ひと)びとの心(しん)境(きょう)が高(たか)まったことを見(み)きわめられた釈(しゃく)尊(そん)は、いよいよ最(さい)高(こう)の真(しん)実(じつ)を打(う)ち明(あ)けるときが訪(おとず)れたと判(はん)断(だん)されます。そして、仏(ほとけ)の本(ほん)体(たい)と仏(ほとけ)の力(ちから)(働(はたら)き)について明(あき)らかにされるのです。
つまり、仏(ほとけ)の本(ほん)体(たい)は無(む)限(げん)の過(か)去(こ)から無(む)限(げん)の未(み)来(らい)まで(久(く)遠(おん)実(じつ)成(じょう))、あまねく宇(う)宙(ちゅう)に遍(へん)満(まん)している大(おお)いなる永(えい)遠(えん)のいのち(本(ほん)仏(ぶつ))であり、本(ほん)仏(ぶつ)が万(ばん)物(ぶつ)を生(い)かす力(ちから)は、いつでもどこでも変(か)わることなく永(えい)遠(えん)に存(そん)在(ざい)することを教(おし)えられるのです。
これは「仏(ほとけ)」についてだけ教(おし)えられたものではありません。私(わたし)たちのいのちもまた永(えい)遠(えん)であることを示(しめ)してくださっているのです。なぜならば、私(わたし)たちはみな本(ほん)仏(ぶつ)のいのちの顕(あら)われであり、本(ほん)仏(ぶつ)と一(ひと)つのいのちにつながっているからです。
人(にん)間(げん)としての肉(にく)体(たい)は、やがて必(かなら)ず死(し)を迎(むか)えます。それはちょうど、どんなに大(たい)切(せつ)にしている服(ふく)でも、いつかは古(ふる)び、破(やぶ)れて、捨(す)てるときがくるのと同(おな)じです。しかし、私(わたし)たちのいのちの本(ほん)質(しつ)は肉(にく)体(たい)ではありません。仏(ぶっ)性(しょう)、すなわち本(ほん)仏(ぶつ)と一体(いったい)の永(えい)遠(えん)のいのちです。
会(かい)長(ちょう)先(せん)生(せい)は、ご著(ちょ)書(しょ)『心(しん)田(でん)を耕(たがや)す』のなかで、このように述(の)べられています。
「人(にん)間(げん)のいのちは有(ゆう)限(げん)ですが、私(わたし)たちは無(む)常(じょう)の法(ほう)、永(えい)遠(えん)なる真(しん)理(り)・法(ほう)を認(にん)識(しき)できる能(のう)力(りょく)を具(そな)えています。それは、私(わたし)たちが有(ゆう)限(げん)な存(そん)在(ざい)でありながら無(む)限(げん)にふれることができ、つまり永(えい)遠(えん)のいのちにジョイント(連(れん)結(けつ))できるということです。無(む)常(じょう)の法(ほう)を認(にん)識(しき)することは、永(えい)遠(えん)のいのちを知(し)ることに通(つう)じます。有(ゆう)限(げん)なる人(にん)間(げん)が無(む)限(げん)なる法(ほう)にふれ、結(けち)縁(えん)することによって、永(えい)遠(えん)に生(い)き続(つづ)けているのです」
万(ばん)物(ぶつ)を生(い)かす本(ほん)仏(ぶつ)の働(はたら)きとは、真(しん)理(り)・法(ほう)の働(はたら)きそのものです。その働(はたら)きは、私(わたし)たちの身(み)の外(そと)側(がわ)にも内(うち)側(がわ)にも顕(あら)われています。ですから、永(えい)遠(えん)なる真(しん)理(り)・法(ほう)は、私(わたし)たちのいのちそのものなのです。
この真(しん)実(じつ)を心(こころ)の底(そこ)から確(かく)信(しん)できたとき、私(わたし)たちは「肉(にく)体(たい)の死(し)」という、人(にん)間(げん)としての根(こん)本(ぽん)的(てき)な恐(きょう)怖(ふ)・苦(く)悩(のう)から解(と)き放(はな)たれます。そして、大(おお)いなる永(えい)遠(えん)のいのちに生(い)かされて生(い)きる喜(よろこ)びを味(あじ)わいながら、人(にん)間(げん)として生(う)まれた真(しん)の目(もく)的(てき)である、「自(みずか)らの成(せい)長(ちょう)・向(こう)上(じょう)」と「世(よ)の人(ひと)びとへの貢(こう)献(けん)」に向(む)かって、いきいきと歩(あゆ)み出(だ)すことができるのです。
如(にょ)来(らい)寿(じゅ)量(りょう)品(ほん)が法(ほ)華(け)経(きょう)全(ぜん)体(たい)の眼(がん)目(もく)とされる理(り)由(ゆう)は、ここにあります。

一(ひと)つになる

大(おお)いなる永(えい)遠(えん)のいのち・本(ほん)仏(ぶつ)と同(おな)じ一(ひと)つのいのちにつながっているのは、何(なに)も人(にん)間(げん)だけではありません。花(はな)も鳥(とり)も、ありとあらゆるすべての存(そん)在(ざい)が、本(ほん)仏(ぶつ)のいのちの顕(あら)われです。お互(たが)いに、さまざまに関(かん)連(れん)し合(あ)って生(い)かされて生(い)きているのです。
このことを深(ふか)く見(み)つめてみると、私(わたし)たちは生(い)きとし生(い)けるものと一(ひと)つのいのちを生(い)きているということがわかります。ですから、永(えい)遠(えん)の大(おお)いなる一(ひと)つのいのちを生(い)きるということは、すべての存(そん)在(ざい)と一(ひと)つにつながっていく(大(だい)調(ちょう)和(わ))ということなのです。
では、大(おお)いなる一(ひと)つのいのちを生(い)きている私(わたし)たちは、なぜ人(にん)間(げん)に生(う)まれてきたのでしょうか。それは法(ほっ)師(し)品(ほん)でも学(まな)ばせていただいたように、心(こころ)の成(せい)長(ちょう)・向(こう)上(じょう)をめざし(自(じ)利(り))、仏(ほとけ)と同(おな)じ境(きょう)地(ち)に至(いた)るためです。
仏(ほとけ)と同(おな)じ境(きょう)地(ち)ということですから、見(み)方(かた)を変(か)えると、苦(くる)しみ悩(なや)む人(ひと)びとを救(すく)うため(利(り)他(た))に生(う)まれてきたともいえるでしょう。世(よ)のため人(ひと)のためにつくせる人(にん)間(げん)となるために自(じ)分(ぶん)を成(せい)長(ちょう)させるのであり、自(じ)分(ぶん)の成(せい)長(ちょう)・向(こう)上(じょう)を図(はか)るために利(り)他(た)行(ぎょう)に励(はげ)む
──つまり自(じ)利(り)と利(り)他(た)は表(ひょう)裏(り)一(いっ)体(たい)の行(ぎょう)なのです。

親(おや)と子(こ)の関(かん)係(けい)

私(わたし)たちが自(じ)利(り)・利(り)他(た)に励(はげ)む姿(すがた)を、仏(ほとけ)さまは、わが子(こ)の成(せい)長(ちょう)を楽(たの)しみにしている親(おや)と同(おな)じ心(こころ)で、目(め)を細(ほそ)めて見守(みまも)ってくださっています。そのお姿(すがた)を、釈(しゃく)尊(そん)は「良(ろう)医(い)の譬(たと)え」によって、わかりやすくお説(と)きくださいます。

あるところに一人(ひとり)の名(めい)医(い)がいました。医(い)師(し)にはたくさんの子(こ)どもがおり、父(ちち)が所(しょ)用(よう)で他(た)国(こく)へ出(で)かけているあいだに、誤(あやま)って毒(どく)薬(やく)を飲(の)んでしまいました。いつもは決(けっ)してそんなことはしない子(こ)どもたちですが、父(ちち)が留(る)守(す)のあいだに、やりたいほうだいの生(せい)活(かつ)をしていたので、このような事(じ)態(たい)になってしまったのです。
子(こ)どもたちが地(じ)べたをはって苦(くる)しんでいるところへ、父(ちち)が帰(かえ)ってきました。子(こ)どもたちは、父(ちち)の姿(すがた)を見(み)て喜(よろこ)び、「お父(とう)さん、私(わたし)たちは愚(おろ)かにも毒(どく)薬(やく)を飲(の)んでしまいました。どうか助(たす)けてください」と訴(うった)えました。
父(ちち)は、よく効(き)く種(しゅ)々(じゅ)の薬(やく)草(そう)から、色(いろ)も香(かお)りもよいものを選(えら)んで調(ちょう)合(ごう)し、子(こ)どもたちに与(あた)えました。薬(くすり)を飲(の)んだ子(こ)どもはすぐに治(なお)りましたが、毒(どく)の回(まわ)りが早(はや)く、苦(くる)しみの激(はげ)しさに本(ほん)心(しん)を失(うしな)っている子(こ)どもは飲(の)もうとしません。
そこで父(ちち)は一(いっ)計(けい)を案(あん)じ、「みんな、よく聞(き)きなさい。私(わたし)はもう年(とし)をとって体(からだ)が弱(よわ)っているので、いまのうちに行(い)かねばならない所(ところ)がある。これからまた出(で)かけるが、薬(くすり)をここに置(お)いておくから自(じ)分(ぶん)で飲(の)むのだよ」と言(い)って、家(いえ)を後(あと)にしました。そして、旅(たび)先(さき)から使(つか)いを出(だ)し、「父(ちち)上(うえ)は亡(な)くなられました」と告(つ)げさせたのです。
子(こ)どもたちはたいへん嘆(なげ)き、悲(かな)しみました。本(ほん)心(しん)を失(うしな)っている子(こ)どもも、そのショックではっとわれに返(かえ)り、父(ちち)が残(のこ)してくれた薬(くすり)を飲(の)んで、毒(どく)を消(け)すことができました。子(こ)どもたち全(ぜん)員(いん)が治(なお)ったことを見(み)届(とど)けた父(ちち)は、再(ふたた)び姿(すがた)を現(あら)わして子(こ)どもたちを喜(よろこ)ばせました。

この譬(たと)えにある父(ちち)の医(い)師(し)とは仏(ほとけ)さまのことであり、子(こ)どもたちは私(わたし)たち衆(しゅ)生(じょう)をさします。毒(どく)は五(ご)欲(よく)に執(しゅう)着(ちゃく)する煩(ぼん)悩(のう)のことであり、薬(くすり)は仏(ほとけ)さまの教(おし)えです。仏(ほとけ)さまのみ教(おし)えを素(す)直(なお)な心(こころ)で受(じゅ)持(じ)し、身(み)に行(おこ)なえば、だれでも必(かなら)ず救(すく)われることが示(しめ)されています。
仏(ほとけ)さまのような大(だい)導(どう)師(し)がいつも身(み)近(ぢか)にいて私(わたし)たちを導(みちび)いてくださっているときは、教(おし)えの尊(とうと)さがわかり、教(おし)えにそった生活(せいかつ)を送(おく)ることができます。しかし、指(し)導(どう)者(しゃ)がいなくなってしまうと、教(おし)えはちゃんとそこにあるのに、ついわがままな心(こころ)がわき起(お)こり、自(じ)己(こ)中(ちゅう)心(しん)のものの見(み)方(かた)、考(かんが)え方(かた)による執(しゅう)着(ちゃく)心(しん)(貪(とん)欲(よく))によって自(みずか)ら苦(く)悩(のう)を生(しょう)じさせてしまうのです。譬(たと)えのなかで、子(こ)どもたちが毒(どく)を飲(の)んで苦(くる)しんでいる姿(すがた)は、このことを表(あら)わしています。
父(ちち)が、さまざまな薬(やく)草(そう)を調(ちょう)合(ごう)して飲(の)みやすい薬(くすり)をつくってくれたというのは、私(わたし)たち衆(しゅ)生(じょう)が理解(りかい)できるようにと、仏(ほとけ)さまがさまざまに法(ほう)を説(と)き分(わ)けてくださったということです。しかし、五(ご)官(かん)の楽(たの)しみに溺(おぼ)れ、煩(ぼん)悩(のう)に振(ふ)り回(まわ)されていのちの本(ほん)質(しつ)をくらましている人(にん)間(げん)は、教(おし)えを受(じゅ)持(じ)し、実(じっ)践(せん)しようという気(き)持(も)ちになりません。それが本(ほん)心(しん)を失(うしな)っている子(こ)どもたちの姿(すがた)です。
ところが、父(ちち)は子(こ)どもたちの口(くち)を無(む)理(り)に開(あ)けて薬(くすり)を飲(の)ませることはせず、自(みずか)らの意(い)思(し)で飲(の)むまで待(ま)ちます。それは、信(しん)仰(こう)には「自(みずか)ら」ということが何(なに)よりも大(だい)事(じ)だからです。
たとえば、勉(べん)強(きょう)をする気(き)のない子(こ)どもに、いくら親(おや)が「勉(べん)強(きょう)しなさい」とくり返(かえ)し言(い)っても、塾(じゅく)に通(かよ)わせても、本(ほん)人(にん)にやる気(き)がなければ何(なに)も身(み)につきません。自(じ)分(ぶん)で求(もと)め、自(じ)分(ぶん)でつかんでこそ身(み)になるのです。
仏(ほとけ)さまは、教(おし)えを求(もと)める気(き)持(も)ちのない人(ひと)びとをも決(けっ)して見(み)放(はな)したりせず、あらゆる手(しゅ)段(だん)を用(もち)いて救(すく)ってあげようとされます。そこで仏(ほとけ)さまは、人(ひと)びとの目(め)を覚(さ)まさせるために、一(いち)時(じ)身(み)を隠(かく)されるのです。すると、いままで無(む)意(い)識(しき)のうちに仏(ほとけ)さまの慈(じ)悲(ひ)に甘(あま)えっぱなしでいた人(ひと)たちにも、自(みずか)らの問(もん)題(だい)は自(じ)分(ぶん)たちで解(かい)決(けつ)しなければならないという気(き)持(も)ちがふつふつと起(お)こってきます。どんな人(ひと)でも、いのちの本(ほん)質(しつ)は仏(ぶっ)性(しょう)なのですから、やがて真(しん)剣(けん)に教(おし)えを求(もと)めていこうという気(き)持(も)ちになっていくのです。
こうして子(こ)どもたちがすっかり治(なお)ったあとで、父(ちち)が再(ふたた)び姿(すがた)を現(あら)わしたということに、また大(おお)きな意(い)味(み)があります。これは、私(わたし)たちが仏(ほとけ)の教(おし)えを心(こころ)から受(じゅ)持(じ)し、教(おし)えにそった生(い)き方(かた)をすれば、仏(ほとけ)さまの姿(すがた)が見(み)えてくるということです。もちろん、実(じっ)際(さい)に肉(にく)眼(がん)で仏(ほとけ)さまの姿(すがた)が見(み)えるということではありません。自(じ)分(ぶん)にふれるさまざまな縁(えん)のなかに、仏(ほとけ)さまの大(おお)きな慈(じ)悲(ひ)が確(たし)かに見(み)えてくるのです。その結(けっ)果(か)、「常(つね)に仏(ほとけ)さまといっしょにいるんだ。仏(ほとけ)さまに見(み)守(まも)られているんだ」ということが自(じ)覚(かく)できるわけです。
仏(ほとけ)さまと人(にん)間(げん)の関(かん)係(けい)は、支(し)配(はい)者(しゃ)と支(し)配(はい)される者(もの)というものではありません。釈(しゃく)尊(そん)は、この譬(たと)えによって、本(ほん)仏(ぶつ)と私(わたし)たちが親(おや)子(こ)であること、私(わたし)たちが本(ほん)仏(ぶつ)の深(ふか)い慈(じ)悲(ひ)に抱(いだ)かれて、生(い)かされて生(い)きていることを明(あき)らかにされたのです。
仏(ほとけ)さまは深(ふか)い慈(じ)悲(ひ)の心(こころ)で私(わたし)たち一人(ひとり)ひとりを案(あん)じ、どうしたらよりよく成(せい)長(ちょう)・向(こう)上(じょう)できるかを念(ねん)じてくださっています。そして、私(わたし)たちの成(せい)長(ちょう)の度(ど)合(あ)いに応(おう)じて、最(もっと)も適(てき)切(せつ)な「学(まな)びの機(き)縁(えん)」を与(あた)えてくださるのです。

すべてが成(せい)長(ちょう)の種(たね)

ここで私(わたし)たちは、仏(ほとけ)さまがくださる「本(ほん)質(しつ)的(てき)な救(すく)い」の真(しん)の意(い)味(み)をはっきりと心(こころ)に刻(きざ)まなければなりません。仏(ほとけ)さまの本(ほん)質(しつ)的(てき)な救(すく)いとは、「私(わたし)たちの肉(にく)体(たい)生(せい)命(めい)は有(ゆう)限(げん)であっても、宇(う)宙(ちゅう)の永(えい)遠(えん)のいのちを認(にん)識(しき)することによって、私(わたし)たち一人(ひとり)ひとりのいのちが、かけがえのないいのちであることに気(き)づくこと。そして、真(しん)理(り)・法(ほう)にそいながら、自(みずか)らの成(せい)長(ちょう)と他(た)者(しゃ)への貢(こう)献(けん)の喜(よろこ)びを満(まん)喫(きつ)できるような境(きょう)涯(がい)になること」です。では、そうした目(もく)的(てき)に向(む)けて、仏(ほとけ)さまはどのように導(みちび)いてくださるのでしょうか──。
地(ち)球(きゅう)には、六(ろく)十(じゅう)億(おく)の人(にん)間(げん)が生(せい)活(かつ)していますが、仏(ほとけ)さまはその一人(ひとり)ひとりをわが子(こ)として見(み)守(まも)り、いのちの大(おお)本(もと)の親(おや)として、絶(ぜっ)対(たい)の慈(じ)悲(ひ)を注(そそ)いでくださっています。仏(ほとけ)さまの慈(じ)悲(ひ)のみ心(こころ)は、ちょうど次(つぎ)のような言(こと)葉(ば)に表(あら)わせるでしょう。
「わが子(こ)よ、いつも心(こころ)安(やす)らかであれ。そして、大(おお)いなる希(き)望(ぼう)を持(も)って成(せい)長(ちょう)の階(かい)段(だん)を一(いっ)歩(ぽ)一(いっ)歩(ぽ)踏(ふ)みしめよ。仏(ほとけ)はそのために必(ひつ)要(よう)な、あらゆる縁(えん)を与(あた)えるであろう」
こうして私(わたし)たちに与(あた)えられる縁(えん)は、うれしいことや楽(たの)しいこと(順(じゅん)化(け)=己(こ)事(じ))も、悲(かな)しいことや辛(つら)いこと(逆(ぎゃっ)化(け)=他(た)事(じ))も、すべてが私(わたし)たちを成(せい)長(ちょう)・向(こう)上(じょう)させるための仏(ほとけ)さまのお導(みちび)きであり、私(わたし)たちにとって貴(き)重(ちょう)な学(まな)びの機(き)縁(えん)なのです。
しかも、この学(まな)びの機(き)縁(えん)は、私(わたし)たち一人(ひとり)ひとりの成(せい)長(ちょう)の度(ど)合(あ)いに応(おう)じて、いまの自(じ)分(ぶん)が一(いっ)歩(ぽ)向(こう)上(じょう)するために最(もっと)も効(こう)果(か)的(てき)なかたちで、また絶(ぜつ)妙(みょう)のタイミングで与(あた)えられるのです。これを仏(ほとけ)さまの偉(い)大(だい)な方(ほう)便(べん)(正(ただ)しい教(きょう)化(け)の手(しゅ)段(だん))といいます。人(ひと)のやさしさや美(うつく)しい音(おん)楽(がく)、創(そう)意(い)工(く)夫(ふう)ができる仕(し)事(ごと)などのうれしい縁(えん)は、私(わたし)たちの心(こころ)を豊(ゆた)かにし、躍(やく)動(どう)させながら成(せい)長(ちょう)の機(き)縁(えん)となってくれます。同(どう)時(じ)に、病(びょう)気(き)や経(けい)済(ざい)的(てき)な苦(く)、人(にん)間(げん)関(かん)係(けい)の悩(なや)みなどといった辛(つら)い縁(えん)も、いままでの自(じ)分(ぶん)をひとまわりも、ふたまわりも大(おお)きく成(せい)長(ちょう)させてくれるのです。
悩(なや)みのなかで、私(わたし)たちは他(た)人(にん)の心(こころ)の痛(いた)みを理(り)解(かい)できるようになり、多(おお)くの人(ひと)に支(ささ)えられていることに気(き)づき、人(ひと)を信(しん)じること、許(ゆる)すことの尊(とうと)さを知(し)っていきます。目(め)の前(まえ)に現(あら)われるすべての縁(えん)には意(い)味(み)があります。その意(い)味(み)に私(わたし)たちが気(き)づき、大(おお)きな学(まな)びを得(え)ることを、仏(ほとけ)さまはじっと念(ねん)じてくださっているのです。

アンテナを磨(みが)く

いま、私(わたし)たちは仏(ほとけ)さまと自(じ)分(ぶん)の関(かん)係(けい)、そして、仏(ほとけ)さまの大(おお)いなる慈(じ)悲(ひ)の中(なか)身(み)を知(し)ることができました。ところが、実(じっ)際(さい)に苦(く)に直(ちょく)面(めん)すると「これも仏(ほとけ)さまのお慈(じ)悲(ひ)」とは、なかなか受(う)けとめられないものです。どんな出(で)来(き)事(ごと)も素(す)直(なお)に仏(ほとけ)さまの慈(じ)悲(ひ)として受(う)けとめられるようになるには、ただ一(ひと)つ、慈(じ)悲(ひ)を感(かん)じとる心(こころ)のアンテナを磨(みが)いていくほかにありません。
具(ぐ)体(たい)的(てき)に言(い)うと、日(ひ)々(び)の生(せい)活(かつ)のなかで《ありがたい》と思(おも)える出(で)来(き)事(ごと)(己(こ)事(じ))を見(み)逃(のが)さないで、しっかりと味(あじ)わっていくことです。
すばらしい書(しょ)物(もつ)に出(で)合(あ)えた、おいしい食(しょく)事(じ)をいただけた、席(せき)を譲(ゆず)って気(き)持(も)ちよかった……。こうした出(で)来(き)事(ごと)があるたびに、「うれしいなあ。仏(ほとけ)さまは私(わたし)をほんとうにかわいがってくださっているんだ」と味(あじ)わっていきます。
すると、徐(じょ)々(じょ)に「仏(ほとけ)さまはいつ、いかなるときも、私(わたし)に親(おや)としての絶(ぜっ)対(たい)のお慈(じ)悲(ひ)を注(そそ)いでくださっている」という真(しん)実(じつ)が、知(ち)識(しき)ではなく実(じっ)感(かん)として納(なっ)得(とく)できるようになるのです。
しかし、無(む)理(り)は禁(きん)物(もつ)です。たとえば、道(みち)で転(ころ)んだとき、《ついていないな、ひどい目(め)にあった》と思(おも)ったとしたら、それはそれでいいのです。ただし、そのあとにうれしい出(で)来(き)事(ごと)があったら、そこは見(み)逃(のが)さないで、《また仏(ほとけ)さまにかわいがられた》と味(あじ)わっていきます。前(まえ)に起(お)こった出(で)来(き)事(ごと)と、そこから生(う)まれた感(かん)情(じょう)をいつまでも引(ひ)きずってはいけません。それは“とらわれ”であり、アンテナの感(かん)度(ど)を鈍(にぶ)くするもとです。気(き)持(も)ちをすっきりと切(き)り換(か)えましょう。
こうして無(む)理(り)なく、しかも注(ちゅう)意(い)深(ぶか)く仏(ほとけ)さまの慈(じ)悲(ひ)を味(あじ)わっていくうちに、アンテナはしだいに感(かん)度(ど)を増(ま)していきます。すると、それに伴(ともな)って「きのうまではありがたくなかったことが、きょうはありがたく感(かん)じる」という現(げん)象(しょう)が次(つぎ)々(づぎ)に起(お)きてくるのです。そして、たとえ前(まえ)と同(おな)じように道(みち)で転(ころ)んでも、《ひざを擦(す)りむいたけど、この程(てい)度(ど)ですんでよかった。ありがたい》と自(し)然(ぜん)に思(おも)えるようになっていきます。
子(こ)どもが親(おや)の愛(あい)を日(ひ)ごろから目(め)に見(み)えるかたちで味(あじ)わっていれば、ときに厳(きび)しく叱(しか)られても、そこに込(こ)められた親(おや)のほんとうの気(き)持(も)ちを理(り)解(かい)して、自(みずか)らの成(せい)長(ちょう)の糧(かて)とすることができます。しかし、親(おや)の愛(あい)をふだん感(かん)じていない子(こ)どもは、叱(しか)られると落(らく)胆(たん)し、反(はん)発(ぱつ)心(しん)すら抱(いだ)くことがあります。
私(わたし)たちも、親(おや)である仏(ほとけ)さまの存(そん)在(ざい)とその絶(ぜっ)対(たい)の愛(あい)(慈(じ)悲(ひ))を、日(ひ)ごろから身(み)近(ぢか)に味(あじ)わっていくことが大(たい)切(せつ)です。そうすれば、心(こころ)のアンテナは感(かん)度(ど)を増(ま)し続(つづ)け、慈(じ)悲(ひ)と思(おも)える現(げん)象(しょう)の範(はん)囲(い)はどんどん広(ひろ)がり、ついには目(め)の前(まえ)に現(あら)われるすべての縁(えん)に対(たい)して「これも親(おや)である仏(ほとけ)さまがくださった絶(ぜっ)対(たい)のお慈(じ)悲(ひ)なんだ。よし、また一(いっ)歩(ぽ)成(せい)長(ちょう)するぞ」と、元(げん)気(き)にチャレンジできるようになるのです。

事例から学ぶ1

事例編(じれいへん)では、各品(かくほん)に込(こ)められた教(おし)えを、私(わたし)たちが日々(ひび)の生活(せいかつ)のなかで、どのように生(い)かしていけばよいかを、具体的(ぐたいてき)な事例(じれい)をとおして考(かんが)えていきます。

鈴木さん一家を紹介します。

おばあちゃん・ミチコさん(75)…佼成会の青年部活動も経験している信仰二代目会員
アキオさん(45)…一家の大黒柱。ミチコさんの末息子
アキオさんの妻・夕カエさん(38)…婦人部リーダー。行動派お母さん
長女・ケイコさん(16)…やさしい心の持ち主の高校一年生。吹奏楽部
長男・ヒロシくん(9)…元気いっぱいの小学三年生

タロウくんが結婚

日曜日に、アキオさんの兄・ノブオさんが訪ねてきました。しばらく兄弟で話をしたあと、母親の部屋がある二階にあがっていきました。
「母さん、正月以来、顔を見せなくてすみませんでした。元気そうですね」
「あら、その口のひげ……。ますます父さんに似てきたわねえ。それはそうと、きょうは一人で来たの」
「ええ、ちょっと話がありまして」
「どうしたのよ、あらたまって。あなたらしくないじゃない」
「じつは、きょうは母さんにお詫びをしようと―」
「ノブオさんは、二男のタロウくんのことから話し始めました。タロウくんは大学院で海洋学を勉強していますが、先月になって突然、大学院をやめると言いだしたのです。外資系の商社に勤める、五つ年上の女性と結婚するために、どこかに就職したいというのが理由です。
ノブオさんと妻のユミコさんは、息子が女性と交際していることさえ知らなかっただけに、言葉が出ないほど驚きました。ノブオさんが心を落ちつけて話を聞くと、タロウくんは「学生のままで結婚したら、彼女に経済的な負担をかけてしまう」と言います。しかも「卒業まで待てない。どうしても年内に結婚したい」の一点張りです。
後日、ノブオさんはタロウくんとその女性に会いました。彼女の話では、二人のあいだで確かに結婚の話をした。彼の気持ちはとてもうれしい。しかし、早急に結婚しようとは考えていない。彼に大学院で勉強を続けてもらい、時期を見て結婚できる環境が整えばそうしたい、ということでした。
三人でじっくりと話し合った結果、一人あせっていたタロウくんは彼女の言い分を聞き入れ、勉強を続けることになりました。結婚のことは、これからお互いの家族を交えて、折々に話し合っていくということで合意を得たのです。

仏さまはそばにいる

「ユミコさんは、何て言っているの?」
「本心は結婚を許せないようですけど、タロウを信じて認めようと自分に言い聞かせているみたいですよ」
「ユミコさんの気持ちは痛いほどよくわかるわ。ノブオ、ユミコさんにやさしくしてあげるのよ」
「はい。タロウのことがあって、ぼくも母さんや父さんに、どれだけ心配をかけてきたかということが身にしみましてね。それでいまさら何ですが、そのことをお詫びしたいと思ったんです」
「まあ」
「ぼくは父さんの反対を押し切り、家を出て家具職人になりましたからね。父さんに、大学まで出てなぜだと怒鳴られたときのことを、いまでもハッキリと覚えていますよ。それに、母さんたちに内緒で結婚までしてしまって……。ずっと申しわけなかったと思っていたんです。でも、それを言いだすきっかけがなくて」
ノブオさんが顔をあげると、ミチコさんは眼鏡をずらし、ハンカチで目を押さえていました。
「母さん。勝手なことばかりしてきて、すみませんでした。父さんには今朝、お墓の前で手を合わせてきました。でも、父さんと母さんが信仰を伝えてくれたから、冷静にタロウと彼女の話を聞くことができ、いま、ぼくたち家族と彼女がどうすればいいのかを、仏さまの教えに基づいて考えられたんだと思います。仏さまがタロウのことをとおして、自分を見つめなさいと説法してくださっていることがよくわかるんです。これほど仏さまの存在を肌で感じたことはなかったですからね」
「いままでも、仏さまはノブオのそばにずっといてくださり、お慈悲をかけてくださっていたのよ。ノブオが気がつかなかっただけ。家を出てからのことをふり返ってごらん。たくさんのお慈悲をいただいていることがわかるはずだよ」
「いままでもずっと、お慈悲をかけてくださっていた?」
「そうよ。親方、いや社長さんの家に住み込みで働かせてもらい、一人前に育ててもらったんじゃない。結婚をして、子どもが三人も授かって……」
「そうですね。親方は厳しい人だったけど、そのお陰でぼくも工房を持てるようになったんですからね。ユミコにもだいぶ苦労をかけたけど、子どもたちがいたから……」
「これまでのノブオには、辛いことや苦しいことがたくさんあったと思うけど、ふり返ってみると苦労がみんな自分の人間形成の肥やしになっているんじゃない?仏さまは、そのときどきに、どうしたらこの人がよりよく成長・向上できるだろうかと、さまざまな方便を用いて現象を見せてくれるの。ノブオはいま仏さまの存在を感じると言ったけれど、仏さまはいつでもノブオを導いてくださっていたのよ。あなたが仏さまの存在を心の目で観ようとしていなかったから、その存在に気づけないでいただけ」
「仏さまは、いつでも私たち一人ひとりに説法してくださっている……」
「そう。私たちが仏さまを観ようとすれば、仏さまも姿を観せてくださるの」
「きょう母さんに会ってよかった。これからは、常に仏さまと対話していくよ。母さん、ありがとう」

事例から学ぶ2

事例編(じれいへん)では、各品(かくほん)に込(こ)められた教(おし)えを、私(わたし)たちが日々(ひび)の生活(せいかつ)のなかで、どのように生(い)かしていけばよいかを、具体的(ぐたいてき)な事例(じれい)をとおして考(かんが)えていきます。

鈴木さん一家を紹介します。

おばあちゃん・ミチコさん(75)…佼成会の青年部活動も経験している信仰二代目会員
アキオさん(45)…一家の大黒柱。ミチコさんの末息子
アキオさんの妻・夕カエさん(38)…婦人部リーダー。行動派お母さん
長女・ケイコさん(16)…やさしい心の持ち主の高校一年生。吹奏楽部
長男・ヒロシくん(9)…元気いっぱいの小学三年生

中村さん親子の苦悩

その日の午後、タカエさんは道場に支部長さんを訪ねました。婦人部の中村レイコさんの一件を報告するためです。
「支部長さん、お昼前に中村さんと会ってきました。中村さんは一晩かけてじっくりと、これまでの自分をふり返り、母親としてのあり方を見つめ直すことができたと話してくれました。私はその話を聞いているうちに、とてもすばらしい気づきをされたなあと感動しました」
「まあ、それはよかった。これで娘さんとの関係も修復されていくわね」
タカエさんと支部長さんが話している中村さんの一件とは、おおよそ次のような出来事です。
夫が二年前から海外で単身赴任している中村さんは、大学三年生の長男と高校一年生の長女の三人暮らし。長女のミキさんは、全国にもその名が知られる有名・進学校に通っています。
そのミキさんが、きのうの夕方、大型書店でマンガ本を万引きしたのです。書店の店長から呼び出しを受けた中村さんはひどく動揺し、タカエさんに電話して、一緒について行ってもらいました。タカエさんが知っているミキさんは、どちらかといえば内気な性格でしたから、彼女が万引きをするなど、書店に着くまで信じられませんでした。
しかし、書店の事務室のいすに座っているミキさんの姿を見て、タカエさんは目を疑いました。まじめを絵に描いたような彼女が髪を染め、派手な化粧をしているではありませんか。ミキさんとは二か月ほど前に会ったきりですが、その変容ぶりに驚かされました。
店長に何度も頭を下げてミキさんを家に連れ帰った中村さんとタカエさんは、ミキさん自身から詳しい事情を聞こうとしましたが、本人は泣きじゃくるばかりで話をしてくれません。タカエさんは、声を荒らげて娘を詰問する中村さんをなだめ、ミキさんの部屋で二人だけで話しをすることにしました。
部屋に入るとミキさんは、これまでの母親との関係について話し始めました。ミキさんは、兄と同じ有名進学校に入学したものの、学校の授業についていけず、一学期の成績は学年のなかでも下位のほうでした。決してなまけているわけではなかったのですが、成績表を見た母親から厳しく叱られ、自信を失ってしまったのです。夏休みに入り、母親から毎日「あなたに遊んでいる時間などないはずよ。もっと勉強しなさい」と言われ続けたことで精神的に追い詰められ、さらには「こんな成績では、恥ずかしくて保護者会にも行けない。この学校で常にトップクラスだったお兄ちゃんの顔に泥を塗るつもりなの」と言われて、心に深い傷を負ったのでした。
ある日突然、ミキさんは髪を染め、細いまゆ毛姿で母親の前に立ちました。
以来、家族とは一切口をきかないようになったと言います。マンガ本を万引きしたのも、母親に対する反抗の表われだったのでしょう。
部屋から出てきたタカエさんは、ミキさんから聞いた話を、すべて中村さんに伝えました。
「そうだったの。私がガミガミ言ったのは、あの子に勉強する意欲がないからだと思っていたの」
「ミキちゃんも一生懸命にやっていたのよ。だけど、それが成績に結びつかなかったから、苦しんだと思うわ」
タカエさんと中村さんは、その晩遅くまで、ミキさんの気持ちや母親としてどのようにふれあっていけばよいかなどについて話し合いました。

仏さまのはたらき

「支部長さん。中村さんはミキちゃんの姿をとおして、仏さまが母親としてのあり方を教えてくださったと言うんです」
タカエさんと支部長さんは道場の法座席で、ご本尊さまを見上げるようにして座っています。
「中村さんは、優秀だったお兄ちゃんとミキちゃんを見比べて、お兄ちゃんがこれだけできたのに、どうしてミキちゃんにできないのかと、いつも責めていた自分の姿に気づいたそうです」
「きょうだいでも、一人ひとりは違う人格なのだから、その子の持っている個性を認めてあげることが大事なんだということに気がついたのね」
「はい。それから中村さんは、勉強のできる子どもを持っていることが自慢で、子ども自身を愛していたのではなく“よい成績”を愛していた愚かな母親だったと、涙を流されていました。母親としての絶対の愛情を子どもたちに注いでいなかった、ほんとうに申しわけなかったとも、おっしゃっていました」
「よかったわ。ミキちゃんのことをとおして、中村さんの心が開いたのね。『如来寿量品』に六或示現が示されているように、仏さまはさまざまな方便を用いて私たちを救おうとはたらいてくださっているの。避けて通りたいような出来事のなかにも、仏さまの慈悲がたくさんつまっている。中村さんも、ミキちゃんの一件をとおして、いままで見えなかった大事なものを、仏さまから教えてもらったのね」
「私たちは一つ一つの現象のなかから、仏さまの慈悲をしっかりとつかみとり、味わっていくことが大切なんですね」

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